【小松泰信・地方の眼力】スマート農業とスワロー農業2019年1月23日
1月18日に山形県寒河江市で開催された『第15回西村山地域営農フォーラム』に出席した。農業の置かれている現状の理解を深め、地域農業の持続的発展と未来への事業継承の方策を見いだすことを目指した意欲的な企画であった。
◆法人経営の優遇と家族経営の冷遇
興味深かったのは、山形県真室川町春木地区の「農事組合法人はるきの」の代表理事庄司稔氏の事例発表。同地区の将来の農業経営や後継問題等についての熟議の後、解決の糸口を法人化に求め、スピーディーに設立したことは、氏のリーダーシップによるところ大。参加者全員が評価する内容であった。もちろん法人化そのものには何の問題もない。しかし、法人化に至るプロセスにおける、政策的支援体制について気になることがあった。氏のレジュメには、「県、町との協議を進めて行く過程で、各種の交付金や補助金が法人でも受けられる事や農事組合法人は税制面で格段に優遇措置をとられているのが理解できてきた」と記されている。さらに、行政はもとより各方面から情報がどんどん入ってきたことで法人化が加速したことも紹介された。
法人化を促進するために、税制面や情報面で法人経営を優遇することを全否定はしない。しかしその一方で、自然人として営まれている家族経営が冷遇されているとすれば、農業経営体の98%が小規模家族経営の我が国においては極めて由々しき問題である、とコメントした。杞憂であることを願うばかりである。
◆ベルリン農業大臣会合で進む農業のデジタル化
1月19日にドイツで開催されたベルリン農業大臣会合が、先端技術を活用したスマート農業の開発、普及などを念頭に置いた「農業のデジタル化」にむけ、共同宣言を採択したことを日本農業新聞(1月21日付)が伝えている。テーマは「農業のデジタル化・将来の営農活動を見据えたスマートな解決方法」で、出席した吉川貴盛農相は、自動走行トラクターの実用化や熟練農業者の技術のデータ解析など、日本農業の取り組みを紹介した。
宣言は、農業が「持続可能性を損なわずに食料を増産するという困難な課題を抱えている」と指摘し、その解消に向け、先端技術を活用した「農業のデジタル化」が重要な役割を担うとする。
「農業のデジタル化」については、5月に新潟市で開かれ、日本が議長国を務める20カ国・地域(G20) 農相会合でも議論となる可能性は高く、吉川農相が「ベルリン農業大臣会合の共同宣言の内容を踏まえ、G20農相会合でも議論を深めていきたい」との考えを示したことも伝えている。
同紙は解説コーナーで、「大規模経営だけでなく、家族経営の小規模農業も多い日本は、幅広い層に先端技術を普及することが求められる。......平坦部だけでなく大規模化して作業効率を高めることが難しい中山間地域は、情報通信技術(ICT)や人工知能(AI)などを通じ、作業の省力化を後押しするスマート農業が重要な役割を果たす」と、期待を寄せている。
また開催国・ドイツのメリケル首相が「小さな農家のデジタル化も進めたい」と述べたことも紹介し、「小規模農業を含む幅広い層への先端技術の普及は、世界共通の課題」と指摘する。
そして、前述した5月に新潟市で開かれる20カ国・地域(G20)農相会合では「国内外でスマート農業の普及を進める道筋を示せるかどうか。議長国としての日本の手腕が問われる」と、発破をかける。
◆スマート農業は家族農業を守るのか
しかし農業のデジタル化やスマート農業なるものが家族農業を守ることができるのか。ドイツの生産者たちが疑問を呈していること。さらにはその前にもっとやるべきことがあるだろう、と問いかけていること。これらを示唆する写真入りの記事が解説の横に載っている。
写真はデモ行進をするトラクターの隊列。「家族農業を守れ」という見出しの記事によれば、「ドイツ・ベルリンの中心部で19日、各地から集結した生産者らがデモ行進をした。100台を超えるトラクターが隊列を組んで市街地を駆け巡り、家族経営による小規模農業の振興などを訴えた。環境保護団体BUNDなどが主催。同日のベルリン農業大臣会合に合わせた。参加者は『中・小規模農家の振興』『生物多様性の保護を』などと書かれた横断幕や看板を掲げ、市街地を行進。切れ目なく続くトラクターに、沿道の市民は見入っていた」とのこと。
◆スマート農業狂騒曲
現在我が国の大規模経営や法人経営においては、国が音頭をとる「スマート農業技術の開発・実証プロジェクト」及び「スマート農業加速化実証プロジェクト」への応募と採択に向けて、態勢を構築しているところが少なくない。全国10会場で行われている説明会は立錐の余地もないほどの盛況とのこと。しかしドイツの生産者同様の疑問や問いかけを禁じ得ない。もちろんドローンをはじめとする新しい技術の導入には少なからぬ期待を寄せるが、中・小規模経営体や条件不利地をどこまで意識しているのか、大変気になるところである。
◆スワロー農業からの便り
「2018年産コシヒカリです。ツバメとお米づくりをしました」というタイトルの説明文が添えられたお米が届いた。送り主は、島根県邑南町の長谷川敏郎・直美夫妻。「30年前から化学肥料は一切使用しない土づくり。化学肥料を否定しているわけではありませんが、じっくりと養分が稲の体に効き、おいしいお米になるためにはなるべく化学肥料を頼りたくないと思うからです。......先代から引き継いだ田んぼの地力を後世に引き継げるよう努力しています。私の代でいただいたお米の養分はきちんと田んぼにお返ししておきたいと思います。この地に来て8代目だそうですから、これから何代先の世代も食べることに困らないようにしておかなければなりません」とは、土づくりに力を入れる理由。まさに持続的農業の体現者。
「カメムシやウンカなどの害虫を殺虫剤で殺すのではなく天敵(カエル・クモ・ツバメ)を増やして稲を守っています。毎年ツバメは130羽前後が我が家で三番子まで孵化して飛び立ちます。......ツバメはほぼ家から300メートルの範囲で毎日300回も飛び立ち虫取りをして子育てをします。南へ帰る時は全員家の前の電線に並んでお礼を言って帰ります」とのこと。
この農業を"スワロー農業"と呼ばずしてなんと呼ぶ。
スワロー農業には愛がある。スマート農業にはAIがある。課題は、愛とAIが両立するために知恵を出し続けること。
「地方の眼力」なめんなよ
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