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コラム:食料・農業問題 本質と裏側

【鈴木宣弘・東京大学教授】

2019.04.18 
【鈴木宣弘・食料・農業問題 本質と裏側】政治・行政の幼稚化~教育の欠陥一覧へ

 最近の政治・行政の理屈の幼稚化、罪悪感の欠如、を見るにつけ、日本は教育で何を教えてきたのか、を深刻に問わざるを得ない(自戒の念を込めて)。
 最近の実例をおさらいしてみよう。まず、2012年12月の衆院選で自民党の政権公約に「聖域なき関税撤廃を前提とするTPP交渉参加に反対する」としたのは、某官庁の作戦だった。2013年2月の安倍総理とオバマ大統領との日米共同声明に「交渉に入る前に全品目の関税撤廃の確約を一方的に求めるものではない」との形式的な1文を挿入してもらうことに全力を注いだ。共同声明発表の前日に、その挿入に成功したとき、関係者は「これで国民をごまかせる」と祝杯を挙げていたと言われる。「"聖域なき関税撤廃を前提としない"という条件がクリアできたから参加したので、公約違反ではない」との説明である。
 次は、2013年4月の衆参農林水産委員会決議での重要5品目の除外について、「引き続き再生産可能となるよう」を入れたが、重要5品目の除外はできなったではないか、と責められたら、最終的な切り札として、影響試算には国内対策をセットで出して、再生産が可能になるように国内対策をしたから国会決議は守られたのだと言い張るシナリオが当初から準備されていた。
 ついには、日米FTAはやらないと言っていたのに、やることにしてしまったから、日米FTAではないと言い張るために、日米共同声明とペンス副大統領演説まで改ざんしてTAGなる捏造語を編み出した。その後も、米国が、たびたびFTAだと言っているのに、今でも、「TAGであってFTAではない」と言い続けている。言葉がどうであれ、やらないと言っていた日米2国間交渉をやってしまった事実は消せない。
 このような「言葉遊び」のような詭弁にもならない幼稚な理屈を楽しみ、国民をごまかせた(まったくごまかせていないが)と満足する感覚を養うために、日本の学校教育があるのか。何を学んできたのか。何を教えてきたのか。人々を言葉尻で騙して悪事を正当化して私腹を肥やすテクニックにせっかくの能力を費やすことの虚しさに気づいてほしい。
 教える側の資質も問われる。すべての国に同じ条件を適用するMFN(最恵国待遇)原則が経済学的に正しいとして、2000年頃まではFTAを批判し、「中でも日米FTAが最悪」と主張していた日本の国際経済学者は、TPP礼賛に変わり、ついに日米FTAまで来てしまった。こうした事態の展開をどう評価するのか。当時、政府のFTA関係の委員会で「変節」への説明を求めた筆者に「理屈を言うな。政府の方針なのだ」と一喝した大家は、また、そう発言するのだろうか。
 ISDS(投資家対国家紛争処理)条項についても、NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉で、「震源地」の米国がISDSを否定する事態となり、最終的には、米加間ではISDSは完全に削除、米墨間でも対象を制限したものとなり、米国の「ISDS離れ」が明確になった。
 世界的にも、ここ数年で、ISDSの問題点が先進国・途上国問わず強く認識され、国連主導での改革の動きや、貿易・投資協定からISDSを削除する動きが起こっている(内田聖子氏)。
 この期に及んで、「死に体」のISDSに日本だけがいつまで固執するのだろうか。米国と政府に追従して、あれだけISDSを礼賛してきた日本の法律・経済学者はどう説明するのだろうか。自身でしっかり考えず、はしごを外され、それでも屁理屈を言うようなら、まともな教育ができるのか、と言われても仕方ない。自戒の念も込めて、教育からの立て直しの必要性も痛感する。

 

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