【熊野孝文・米マーケット情報】業務用米の契約栽培を推進する大手コメ卸2019年10月15日
大手米卸が業務用米の契約栽培を拡大している。中には12品種も農研機構から許諾を得て全国各地で契約栽培に乗り出している卸もいるほか1品種で5000tを契約栽培して確保しようとしている卸さえいる。
大手卸が業務用米の契約栽培に力を入れている理由は何なのか? 農水省が業務用米のミスマッチを解消するために事前契約を推奨しているためなのか?
大手卸に言わせると「農水省が推進する飼料用米政策で、中食・外食業界が求めるコメが飼料用米に行ってしまい、この隔離政策で我々が求めるコメが手に入らなくなったため、必要とするコメは自ら産地と契約するしかなくなった」とのこと。
分かりやすく言えばアクセルとブレーキを一緒に踏む農水省のコメ政策が大手卸を業務用米の契約栽培に向かわせていると言えなくもない。ただし、政策的な要因だけでリスクが高い「買取を基本とする契約栽培」に卸が乗り出すはずがない。農水省が公表している事前契約数量は数量と価格がセットになっているものはほとんどなく、いわば口約束の数字をまとめたもので、他の業界から言わせると「それは契約とは言わないでしょう」ということになり、数量と価格がセットになっている契約栽培とは全くその内容が違う。そこまでしてリスクの高い契約栽培に乗り出した理由は他にある。
それは自らのお得意さんである中食・外食企業がコメ確保に川上まで遡り始めたからである。ある居酒屋チェーンは、産地の農業生産法人と共同出資してコメ作りのための会社を設立した。設立しただけではなく自社の社員をそこの会社に派遣している。最大手外食企業は自社の食材仕入れの基本政策マス・マーチャンダイジング(MMD)を切り口に、畜産では自社農場を所有するほかコメでは種子・肥料まで提供、全社使用量の10%まで契約栽培で確保するようになった。
この外食企業には産地の農協系統本部が直接売り込みに行っており、その販売価格を大手卸の役員が知った時は顔色が変わった。要するに中間流通業者としての米卸の存続が問われる事態になってきたことが背景にある。
しかし、数量と価格がセットになった契約栽培が本当に出来るものなのか? 数量と価格がセットになった契約は今に始まったことではなく、以前からあった。ただし、それが上手くいったケースはまれで、多くは裁判沙汰になっている。裁判沙汰にならないようにするためには当然のこととして事前に売り手と買い手の信頼が欠かせないが、それだけでは十分ではない。
コメの契約栽培を推進している企業の中には、産地の自治体と包括提携を結び、町ごと囲い込みしようとしているところもある。最大の目的は、その産地で野菜やコメをちゃんと作ってくれるようにすることで、そのためには何といっても農業者の育成が欠かせない。そこまでしないと将来自分たちが必要とする「国産農産物」が手に入らなくなるという危機感からこうした取り組みを始めたのだが、そのカリキュラムが凄い。決算書の見方から原価計算、経営戦略の立案、GAPからコメ作り名人の講演、さらにはドローンスクールまである。そこで開催された授業に行ってきたが、コメがテーマであったにも関わらず参加者は30歳代から40歳代が中心で、質疑応答では遺伝子組換え稲のことまで聞かれた。
産地の囲い込みをしようとしているからと言って、このカリキュラムの参加者がこの主催者企業に農産物を出さなければならないという決まりはなく、自ら生産した農産物はどこに売っても良い。このためこの企業は契約を持ちかける際は必ず事前に購入価格を提示する。コメはパックご飯の原料になっている。知る限りではこれほどまでの労力を費やしてコメの契約栽培を推進しているところはない。もちろんコメの種子や肥料を販売している企業は販売商品の見返りに生産されたものを買い取るというところもあるが、そうした企業ではなく、中間流通業者が産地に入ってコメの契約栽培を推進するというのは容易なことではない。
それをやり遂げるには何より生産者にとってメリットのある契約条件を提示するしかない。中間流通業者にとって生産者にメリットある条件を提示することは、必ず自社がその分リスクを負うという事を意味する。果たしてそれだけのリスクに耐えられる米卸がどれだけいるのか? 業務用契約栽培の拡大はまさしく米卸の消耗戦に入ったことも同時に意味する。そうしたリスクを回避するためにはどうすれば良いのか? 江戸時代のコメ商人は幕府の支援を受けることなく自らの智慧でリスクを回避する商取引を考え、作った。今の時代に合った仕組みが出来ないはずはない。
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(株)米穀新聞社記者・熊野孝文氏のコラム【米マーケット情報】
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