1枚で45万円の利益を手にした稲作生産者【熊野孝文・米マーケット情報】2020年6月23日
前回のコラムで東京コメの当限6月限が一向に下げ止まらない異常事態について記した。その6月限が18日にようやく下げ止まった。下げ止まった価格はなんと1万500円。先週末に比べ1200円も下がってしまった。期日納会直前になって1枚(200俵)の買いが入って下げ止まったのである。これほどまで安くなったので新規に現物で受けたいと思った米卸がいたのだろうと思われるかもしれないが、そうではない。現物を渡そうと思っていた売り人が売り玉を買い戻したのである。
なぜそんなことが分かるのかと言うと大阪堂島商品取引は毎日ホームページ上に「先物デジタル日報」を公表しており、東京コメ6月限の取引内訳をみると買いの欄に新規買いではなく「仕切り」買い1枚と記されている。仕切りとは既存の売り買い玉を反対売買して清算することで、売り玉は買い戻す、買い玉は売り戻して帳消しにする。この反対売買による清算取引を1700年台初頭に考え付いた堂島のコメ商人たちはまさに天才集団であったと言っても過言ではない。なぜなら今や世界中で京という単位に達しているデリバティブ取引の原点はここにあるからである。当時、現在のようなシステム使用料のような概念があったら全く違った世界になっていたと思われるが、そうした発想がないところが日本人の奥ゆかしいところで、それは今も続いている。コメ画像取引が世界に先駆けて日本で初めて始まったが、あらゆる穀物に応用できるこのシステムについて一部のIT企業が関心を持っているものの誰もシステム特許を取ろうと言い出す人はいない。
本題に戻すと東京コメ6月限を1枚買い戻したのは、大規模稲作生産者である。この生産者、1枚で45万円の利益を手にした。具体的に記すとこの生産者は手持在庫のうち1枚分200俵を東京コメ6月限に1万2750円で売った。それを1万500円で買い戻したのである。1万2750円-1万500円=2250円×200俵で45万円が手元に入った。儲かったには違いないが、そうした表現は必ずしも正確ではない。この生産者にとってみれば、自ら生産した元年産米は安くても1万3000円で売れると思っていたのだが、年明け早々にどうもコメの市中相場の様子がおかしいので、念のため東京コメに1枚分だけ売りヘッジ(保険つなぎ)したのである。これが本来の当業者(生産者・集荷業者・流通業者・実需)の先物市場の使い方で、将来起きる価格変動に備えて自ら保険をかけるという行為である。これは経営者として当たり前の行為で、コメが下がったら国が何とかしてくれると常に考えている人とは違う。販売するコメのリスクヘッジだけではなく、生産面でも合理的な発想をするため農機メーカーへの注文も厳しい。
今年、この生産者は生産コスト低減のために20ヘクタールをドローンで直播した。そのために従業員にドローンの操作資格を取得させ、施肥等にも活用するが、その際メーカーに「リモートセンシングと可変施肥を同時に出来る様にすればもっとコストが下がるのではないか」と注文した。
厳しいことを言う大規模稲作生産者は他にもいる。150ヘクタールを田植え機、コンバインそれぞれ1台でこなしている生産者は「唯一コメだけだと思いますが、同じ人たちがずーっとやっているからダメなんです。新しい人が入って来ないとダメだと思いますよ。農業法人で特許を取っている人もいますが、雇っている人は労働者ですよね。当社は、労働者は一人もいません。みんな大卒で博士もいますし院卒もいます。みんないろんなことを言いますよ。面倒くさいですけど、ああでもない、こうでもない、こうすれば良い、ああすれば良い、これは失敗したから今度はこれでやってみようとかね。これを営々とやっていますよ。でも、こうしたことは百姓が昔からやってきたことなんじゃないですかね。物もない、お金もない中で、どうやって工夫すれば楽できるのだろうと一生懸命やってきたわけですよ。時代が変わって、技術が変わって、道具が変わったりしていますが、その本質は変わっていないと思うんですよ。なのに皆『普及所の先生、今度は何をやったら良いんだよ』『どうしたらいいんだ。コメが安くて困ったよ。何とかしてくれよ』など、そんなことしか言えなくなってしまっているように思えるんですよ。自分たちで何とかしよう、自分たちで出来ることは何なのか、それを解決してくれる技術者、メーカー、そういうアイデア、ドローン、農機を持っている人がいるわけですから。研究者もそうですが、そういう人たちをいかに取り込んで、いかに上手に自分たちの問題を解決していくか、それが大事だと思うんです。残念ながらそれをやろうと思っている人は少ない」。
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(株)米穀新聞社記者・熊野孝文氏のコラム【米マーケット情報】
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