規制改革失敗の本質を見極める-乳質問題で幕引きできるか-【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】2020年7月9日
2017年に「畜産経営の安定に関する法律」(畜安法)を改定して、生乳流通自由化の期待の星と規制改革推進会議がもてはやした会社が昨年11月末ごろから一部酪農家からの集乳を停止したと、今年3月に報道された。「酪農家が販路を自由に選べる公平な事業環境に変える」と政権は畜安法改定の意義を強調したが、単に自由にすれば社会的利益が増やせるというのは机上の空論に近いことは、タクシー業界の規制緩和をはじめ、何度も経験してきたことでもある。酪農家の乳質問題が発端だったようだが、それだけで幕引きできるのか、十分な検証が必要と思われる。
同社は昨年11月以降、生乳の品質異常などを理由にオホーツク管内と十勝管内の酪農家計9戸の生乳集荷を停止し、生乳は廃棄された。生乳を廃棄した9戸のうち3戸は同社に出荷を続け、残りはホクレンに出荷先を切り替えるなどした。
4月14日の記者会見で農水大臣は「混乱が起きたことは非常に遺憾」、「受け入れ拒否や廃乳をしたことが客観的に見て正しい判断だったかはさらなる聞き取りが必要」と述べたが、農水省は「生乳廃棄については当事者間の契約に関わる問題であり、法令違反には当たらない」としている。
◆公益性の高い生乳流通
特に、腐敗しやすい生乳が小さな単位で集乳・販売されていたのでは、極めて非効率で、酪農家も流通もメーカーも小売も混乱し、消費者に安全な牛乳・乳製品を必要なときに必要な量だけ供給することは困難になる。つまり、需給調整ができなくなる。
だからこそ、まとまった集送乳・販売ができるような農協による共同出荷システムが不可欠であり、そのような生乳流通が確保できるように政策的にも後押しする施策体系が採られているのは、世界的にも多くの国に共通している。
象徴的なのは、「生乳の腐敗性と消費者への秩序ある販売の必要性から、米国政府は酪農を、ほとんど電気やガスのような公益事業として扱ってきており、外国によってその秩序が崩されるのを望まない。」(フロリダ大学キルマー教授)という言葉である。
しかも、欧州では生乳共販強化が進められているときに、日本はそれに逆行して、共販を弱体化し、共同出荷の流通に乗らないアウトサイダーを施策(補給金交付)対象に「格上げ」して、多様な流通を促した。
◆乳質問題で幕引きできるか
同社は、加工向けより価格の高い飲用で売るとして、酪農協に出荷していた酪農家を取り込んで集乳量を増やしていったが、需給が緩めば飲用で処理しきれなくなって買えなくなる懸念は想定できた。需給調整機能を持たない組織が取扱量を増やせば、需給調整を混乱させて酪農家を苦しめる。酪農家の乳質問題があったのは事実として、それだけで片付けられない本質があるように思われる。
需給調整機能を発揮し、酪農との契約を守るのが認定の要件だから、今回の件によって、当該組織は要件を満たせなくなったはずである。法改定にあたり、需給調整に責任を持つよう「用途別販売計画に基づき監視する」ことで、補給金対象になる要件を確認することになっていた。
◆規制改革推進会議は原因を検証すべき
こうした組織は、農協が需給調整をしっかりしていることを前提にして、ニッチ・ビジネスをするアウトサイダーだから価値がある。会社側も「規制改革推進会議に乗っかったが、キャパシティが足りない」と漏らしていたという。農協による生乳流通にも改善すべき点、酪農家の要望に応えきれていない点もあるから、それらに応えるアウトサイダーがいてくれて「共存」が成り立つ。それを無理やり、協同組合と同列に「格上げ」するために、法改定までして需給調整機能を壊してしまった。
サッチャー政権の時に、酪農協を解体した英国では、酪農家が分断され、生乳は買いたたかれ、乳価が暴落し、酪農家の暴動まで起きた。我が国の東日本大震災後の水産特区でも、漁協以外にも権利を付与すればうまくいくとして事業を開始した会社は地域の出荷ルールを守らず、ブランドを壊し、自身も大赤字に陥った。こうした歴史と経験に学ばず、農協共販から抜ければ農業所得が増えると言って、畜安法を「改正」して、このような事態を招いた責任の所在を明確にすべきではなかろうか。
◆畜安法改定の再検証の必要性
そもそも、「二股出荷を拒否してはいけない」という趣旨を規定している国は世界にない。まとまった集送乳・販売が不可欠な生乳については、EUでも、一般的には、酪農協の組合員が二股出荷をすることはなく、内規などで全量出荷が規定されている。協同組合は組合員の総意のもとで定款・内規を作成しており、それは独占禁止法の適用除外の権利として認められているので、農協が決定すれば、それに横槍は入れられない。
日本でも農協に対する独禁法の適用除外の原則は同じと考えられる。しかし、すでに、専属利用契約(組合員が生産物を農協を通じて販売する義務など)は先の農協法改正で削除され、加えて事業の利用義務を課してはならないと新たな規定を設けたので、少なくとも定款で全量出荷義務を課すことはできない(定款変更の認可は下りない)状態になっている。
さらに、二股出荷は一定のルールに基づいて行われることを生産局長通知などで示していることからもわかるように、基本的には二股出荷は自由であるというのが改訂畜安法のスタンスと思われる。
このような流れは独禁法の適用除外の権利と矛盾していないか、精査が必要と思われる。こうした点も踏まえ、畜安法の改定がもたらしたことについて率直に検証してもらいたい。
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