パックご飯の新会社を立ち上げるコメ産地の商機とは【熊野孝文・米マーケット情報】2020年7月28日
コロナ禍で売れているコメ加工食品のひとつにパックご飯がある。今年5月単月の生産量は1万6134tで前年同月に比べ2818t、率にして21.2%も増えている。
パックご飯の売れ行きの特徴として、大きな災害があるたびに大きく販売量が増えるという点が上げられる。保存が効き、すぐ食べられるパックご飯(無菌包装米飯)は家庭で備蓄する食品としてうってつけである。それだけではなく、近年急速に進む女性の社会進出や高齢化、単身世帯の増加などにより常備食としての伸びも見込め、パックご飯の市場はさらに拡大すると予想されている。民間調査会社が予測した米飯加工食品の長期成長率調査によると冷凍米飯成型が2.7%、冷凍米飯バラ3.3%、おかゆ雑炊2.7%、包装餅0.3%に対して最も高い成長率が見込めるのが無菌包装米飯で4.1%になっている。
無菌包装米飯の歴史を振り返ると2つのエピソードを思い出す。一つはテーブルマークが吸収した加ト吉の創業者がパックご飯を売り出し始めた頃、記者を招いた席で「ごはん革命」を宣言、パックご飯が1食100円で販売されるようになると家庭から炊飯器がなくなると言ったこと。もう一つはパックご飯のパイオニア・サトー食品が、売り上げが40億円程度であったころ、創業者がその額に匹敵するテレビCMを打ち、起死回生の勝負に出たことで、創業者の先見の明は敬服に値する。現在、2つの会社はそれぞれ245億円から235億円を売り上げるまでになっている。
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そのパックご飯の世界に新しい会社が立ち上がる。秋田県大潟村に国や県の支援を受け、村や村内の産白会社も出資して㈱ジャパン・パックライス秋田が設立される。総事業費20億円で年間3600万食を製造できるパックご飯工場を村内に建設、来年4月に竣工する。ジャパンという文言が頭に入っている理由は、製造したパックご飯を海外に輸出することを最大の狙いにしているからである。これは急に持ち上がった話ではなく、大潟村では以前からパックご飯の工場を作るという計画があった。
10年程前、大潟村産米を使用してパックご飯を製造していた大手メーカーに当時の農協組合長と専務が出向いて村でのパックご飯製造の可能性について意見を聞きに行ったことがあった。そのとき対応したメーカーの専務があっさり「止めた方が良い」と断言した。
理由は2つあった。組合長の手には工場の設計図や製品コストを示した資料まであったのだが、製品原価が既存のメーカーの原価に比べ2倍近く高かったことと、大潟村から首都圏に運ぶまでの運賃が新潟からのものに比べ2円高くなること。この頃すでにパックご飯は激しい価格競争が展開されており、装置産業であるこの世界に新規参入出来る見込みは薄かったのである。それでも簡単に諦めるわけにはいかず、パックご飯の製造機械を作っている会社に出向き、秋田県の特産農産物を使い、白ご飯ではないパックご飯を作れないか打診したが、豆類等を混入したごはんは菌の関係でレトルト以外に出来なかった。そうした経緯があったにも関わらず、改めてパックご飯の工場を作ることになった最大の要因は国や県の強い後押しがあったからである。国の農業競争力強化法の目玉の一つがいかに一次産品に付加価値を付けるかで、これによって農業者の所得を増大させることをあげている。
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東北6県の食料品製造業の製品出荷額をみると、最も多いのが宮城県の6215億円でそれに対して秋田県は1174億円で5分1程度しかなく、東北6県の中で最も少ない。秋田県はコメ農業中心で他の農畜産物の生産比率が低く、漁業も盛んではないことが大きな要因で、大潟村でもコメに代わる作物として玉ねぎの生産に力を入れているが1次産品だけでは限界がある。パックご飯の工場を村内に作ることによって波及する経済効果や雇用効果、更には大潟村産米そのものの付加価値を得ることに役立つという目論見。
量販店店頭ではすでに180gワンパック100円以下のパックご飯が当たり前のように並んでおり、中には70円を切るパックご飯もある。国や県の支援を受けてもジャパン・パックライス秋田が白ご飯を同じ価格で販売することは不可能に近い。なぜなら大手は設備の償却を終えており、価格競争力に大きな開きがある。それを克服して市場に受け入れられるパックご飯を投入するには商品それ自体に付加価値を付ける以外にない。その付加価値とは原料のコメはもちろん水にも付加価値を付けることで、そうした開発計画が出資した事業者の中ではじまっている。
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(株)米穀新聞社記者・熊野孝文氏のコラム【米マーケット情報】
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