道のある藩営商社を 横井小楠(下)【童門冬二・小説 決断の時―歴史に学ぶ―】2020年9月20日
貿易会社で信用確立 横井小楠
日本を道のある国に
由利公正はすでに、小楠の話を聞いていて、
(この人物こそ、殿(慶永)や俺が求めていた学者だ)
と感じた。越前藩に商社が設立され、藩内の志のある商人が集められた。そして小楠の意見通り、城から派遣された武士は由利たった一人だった。そして、当初は正札で売買が行なわれたために、藩札の信用も回復した。やがて藩が、
「生産者から藩札で買う」
ということをしても、藩札そのものに信用が置かれた。
販売先にも小楠は独特な意見を持っていた。
・国の内外で、売買を行うこと
・国内では、まず蝦夷のアイヌを相手とする事
・なぜなら、現状では北前船を扱う商人たちが、アイヌを人間扱いしない者もいる。これを是正し、アイヌを立派な日本国民であるという位置付けをする事
これは由利公正にも胸をキュンとさせる意見だった。そして国際的には、道(みち)の無いイギリスやアメリカ・フランス・オランダ等の列強に対し、道を求める取引を望むこと。そのために、長崎に越前商社の商会の支店を設けること、など微に入り細に亘って意見をくれた。由利は感動した。そして、
「道のない商売に道を与え、公正な取引で、越前藩の名を高めることができる」
と小楠への強い信頼心を抱いた。この商売は成功し、「越前商会」は、内部でもあるいは外部に対しても信用を獲得し、藩の財政はたちまち復興した。
由利公正は、明治新政府の財務担当のお偉いさんに立身する。明治天皇が、天地神明に誓った「五か条の誓文」の草案は、公正が書いたものだという。かれは徹頭徹尾横井小楠を尊敬していた。その理念を、誓文に盛り込んだのである。
「五か条の誓文」の草案づくりについては坂本龍馬も関わっている。
龍馬の師は勝海舟だ。海舟は佐久間象山の弟子だ。開国論者のレッテルを貼られ、そのために過激な攘夷論者に殺されてしまう。しかし象山の本心は攘夷論者だ。
「攘夷を行なうためには、まず外国事情をよく知る必要がある。そのためには開国して、外国の文化・軍事・財政等を知る必要がある」
という論法なのだ。
弟子の吉田松陰がしきりにアメリカへの攘夷論を唱えるので、象山は叱った。
「吉田君、君はアメリカの国力をどれだけ知っているのだ? 人口・軍事力・特に石油の生産量等についてどれだけの知識があるのだ? ただ攘夷・攘夷と叫んでいても、相手国の力の程を知らなければ、犬の遠吠えに終ってしまう。本当に攘夷を行なうのなら、実際にアメリカに行って、国力の程度を自分の目と耳で確認してこい」
といった。松陰の下田からのアメリカ密航計画は、象山の示唆によるものだ。しかし計画は洩れ松陰は牢にブチ込まれてしまう。
五か条のご誓文は三人の知恵
横井小楠のアメリカ認識は勝海舟がもたらしたものだ。勝は実際にサンフランシスコに上陸して、特に政治制度を詳しく調べている。
・アメリカでは魚屋さんだろうと洋服屋だろうと、身分や職業に関係なく、大統領や議員になれる
・それなのに、今のアメリカ国民はワシントン大統領の子孫が何をしているのかを知らない。また関心もない
と、勝に教えられて小楠は、
「ワシントン大統領こそ、古代中国の聖王だ」
と憬れる。
龍馬は小楠の弟子でもある。
師の海舟から、
「俺はバラバラな海軍(幕府の海軍・藩の海軍)でなく、ひとつにまとめた日本海軍をつくりたい」と大構想をブチあげ、
「しかし金がない。坂本よ、越前公(慶永)に借りて来てくれ」
と命じた。
越前にやって来た龍馬は慶永に会ってこの話をした。慶永は手を打って喜び、
「金は寄付する」
といってポンと五千両くれた。実は小楠の助言で、由利が経営していた藩の商社が、そんな金を出せるだけの利益をあげていたのである。
そして天の意志か、たまたま小楠・由利・坂本の三人が福井で出会った。足羽川畔に住んでいた由利の家で、三人は会い、大いに飲んで大いに語った。
考えの土台が共通する三人は、
「徳川幕府は徳川家の私政府である」
「これを解体して、経世済民(経済の語源)の国民政府をつくるべきだ」
「それには広く会議を興し、万機公論に決すべきだ」
と誓文に盛るべき理念を〝三密〟に背いて語り合った。
しかし、その後龍馬も小楠も暗殺されてしまうことはよく知られている。
生き残った由利は議会制民主主義の実現に努力する。かれは維新後政府の財務を扱うが、最初の役所(太政官代)は、二条城におかれた。そしてまず、
「何かに使って下さい」
と献金したのが京都市内のうなぎ屋さんだったという。続いて文房具屋さん(鳩居堂だとも)。やがて大手が続いた。
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