流出し始めた農村労働力【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第136回2021年2月18日
MSA協定が結ばれた1954(昭29)年、その春、集団就職列車が東京に向けて初めて出発した。このことについては前に述べた(注1)ので省略するが、その労働条件は同じ54年に起きた近江絹糸の争議で明らかになったようにまさに劣悪なもの、労働基準法ができたにもかかわらず、戦前の「女工哀史」はまだ根強く残っていた(注2)。
映画「ALWAYS 三丁目の夕日」(注3)に出て来る青森から集団就職列車で出てきたロクちゃん(星野六子)などは恵まれていた。また、集団就職列車はまだよかった、学校や労働基準監督署が関与していたからである。就職斡旋ブローカーに人買い同然で連れて行かれ、最底辺の労働に従事させられた子どもたちも多かった。
それでもみんな都会に出ていった。いや、出ていかざるを得なかった。経営面積の小ささからして子どもをすべて家の農業に従事させ、食わせることなどできないからである。ましてや土地を分け与えて分家などさせるなどきわめていむずかしい。家の後継者となる長男を除いてはよそで働かせざるを得なかった。といっても農村地域には就業機会はない。
一方、低賃金長時間労働をもとに戦後復興してきた都市の商工業の労働力の需要がある。とりわけ戦前の日本の工業の中核をなした繊維紡績産業や第三次産業はさらに成長を続けるべく若い女子労働力を要求している。そこでこれ幸いと若い女子労働力を中心に農村部から都市に出て行くということになる。
当然のことながら村に残された若者は淋しい。それを歌ったのが当時の人気歌手春日八郎の『別れの一本杉』(注4)だった。
「泣けた 泣けた こらえきれずに泣けたっけ
あの娘(こ)と別れた哀しさに 山のかけすも鳴いていた
一本杉の石の地蔵さんのよ 村はずれ......(後略)......」
しかも彼女らはなかなか帰ってこない。春日と並ぶ人気歌手だった三橋美智也はそれを『リンゴ村から』(注5)で次のように歌った。
「おぼえているかい 故郷の村を
たよりもとだえて 幾年過ぎた......(中略)......
帰っておくれよ 俺らのナ 俺らの胸に」
しかし帰って来なかった。ただただ『お月さん今晩は』(注6)と嘆きを聞いてもらうしかなかった。
「こんな淋しい 田舎の村で
若い心を 燃やしてきたに
可愛いあの娘は 俺らを見捨てて
都へ行っちゃった......(後略)......」
もう待っていられない、可愛いあの娘のいる東京へ行こう、その経過を歌ってヒットしたのが守屋浩の歌う『僕は泣いちっち』(注7)だった。
「僕の恋人 東京へ 行っちっち
僕の気持を 知りながら
なんで なんで なんで
どうして どうして どうして
東京がそんなに いいんだろう
僕は泣いちっち 横向いて泣いちっち
淋しい夜は いやだよ
僕も行こう
あの娘(こ)の住んでる 東京へ」
こう言って若い男性も村を離れ、東京に大阪に出て行った。
農村からの若年人口の流出が流行歌の大ヒット曲になる、1950年代はこういう時代、だった。そしてこうした労働力が、つまり農村部が、それからの日本の高度経済成長を支えたのである。
1954(昭29)年に始まった集団就職列車はそれを象徴するものだった。
注1:JAcomコラム・2019年3月21日掲載・拙稿「『ああ上野駅』」
注2:JAcomコラム・2019年3月7日掲載・拙稿「駅裏の『さなぎ女学校』」、同上・2019.年3月14日掲載・拙稿「まだ残っていた『女工哀史』
注3:原作:西岸良平、脚本・監督:山崎貴、2005年公開
注4:歌:春日八郎、作詞::高野公男、作曲:船村徹、1955年
注5:歌:三橋美智也、作詞:矢野 亮 作曲:林伊佐緒、1956年
注6:『お月さん今晩は』、歌:藤島桓夫、作詞:松村又一、作曲:遠藤実、1957年
注7:歌:守屋浩、作詞・作曲:浜口庫之助、1959年
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