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コロナ対策は中国に学べ【森島 賢・正義派の農政論】2022年6月20日

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政府は先週末、コロナ対策として、司令塔の機能をもつ新しい組織を作ることにした。業務の指揮命令系統を明確にするのだという。
これは、これまでの反省の上に立ったものだろうか。そうではあるまい。新しい組織を作るまえに、反省すべきことがある。それは、国民を犠牲にした経済優先の基本方針の反省である。
このさい参考になるのが、中国のコロナ対策である。

コロナ対策は中国に学べ

上の図は、コロナ禍の実態を日中間で比較したものである。

新規感染者数をみると、中国は日本の219分の1、これまでの感染者数をみると、中国は日本の41分の1、死者数は6分の1である。人口数が11分の1であることを加味して、人口1億人あたりでみると、それぞれ2,497分の1、464分の1、68分の1になる。これは、隔絶した差といっていい。

さらに大きな差がある、と考えられる。

それは、中国は全員検査を行っているので、感染者のなかには無症状者が圧倒的に多い。上海での調査によれば、4月9日の新規感染者2万4943人のうち96%が無症状だったという(サンケイ 4.10)。

だが日本は、全員検査ではなく、原則として無症状者は検査しない。だから、無症状の隠れ感染者は感染者数として数えられていない。それゆえ、日中間の実際の差は、さらに大きくなる。

中国は、ゼロコロナといっても、感染者数をゼロにできなかったではないか、という評論家がいる。だからゼロコロナは失敗した、という。

だが、正常な判断力をもつ評論家が、上の図で示した実態を知れば、抗弁できず、黙って下を向くしかないだろう。

ゼロコロナといっても、完全にゼロにできなかったから失敗、というわけではない。国民のコロナ禍を最小限にするために、ゼロに限りなく近く抑えることを最優先にした対策なのである。

そのために、何をするか。

ゼロコロナ対策というが、それほど目新しいものではない。それは、徹底した検査と、完全に近い隔離と、十全な治療である。

中国は、それを頑なに守ってきた。

日本は、それを守ってこなかった。経済を優先し、国民をコロナ禍にさらし、犠牲にしてきた。

その結果が、上の図である。

ここで、あらためて問いたいことは、自由と民主主義について、である。

日本は、多くの無症状の感染者を市中に放置して隔離せず、自由に行動させて、他人に感染させている。こうした自由が、真の自由なのか。

日本は、経済を優先して、国民のコロナ禍を軽視している。そうすることが、国民のための真の民主主義なのか。

中国と全く同じ対策に改めよ、というのではない。中国には中国の自由と民主主義がある。中国から学ぶべきことは、忌憚なく学べ、といいたい。

最後に、先週発表した習近平総書記の言葉を紹介しておこう。

「・・・人権はさまざまな国の社会的および政治的条件と歴史的および文化的伝統なしには語ることができません。ある国が人権を持っているかどうかを評価するとき、それは他国の基準によって判断することはできず、・・・他国の内政に干渉するための政治的手段として人権を使用することはできません。・・・」(新華社 6.15)

いま、ウクライナが、アメリカ型の自由と民主主義を守る、という名のもとで、アメリカから与えられた大砲の火を激しく噴かせている。上の言葉のなかの「人権」を「自由と民主主義」におき代えて、熟読してみたらどうか。

(2022.06.20)

(前回   文明の交代期に立って

(前々回  米型の自由と民主主義の落日

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