仙台の「麦とろ」と牛タン、岩手の麦どぶろく【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第206回2022年7月21日
1960年代、仙台の街に戦災の跡が少なくなり、盛り場も大賑わいをするようになったころのこと、一見気になる飲み屋があった、「麦とろ」という大きな赤い提灯をぶらさげているのである。麦とろとは何だろう、誰といっしょだったか忘れたが入ってみた、酒を飲みながら頼んで見たら、何のことはない、とろろをかけた麦ご飯だった。

とろろ=ナガイモは食べたことがある(生家で栽培もしていた)し、麦ご飯は母の実家のまた大学の寮の常食でもあったので食べているが、とろろをかけた麦ご飯は食べたことがなかった。
一口口に入れた、うまい。聞いたらとろろは山芋=ジネンジョ、これも食べたことはあるが、特にうまいと思ったことはなかった。普通のナガイモのとろろの方がずっと好きだった。でもこの店のだし汁の作り方が上手だったのだろうか、本当にうまかった。
麦飯にジネンジョ・だし汁をかけて食べる、江戸時代からの料理だそうだが、麦飯にナガイモのとろろでもおいしい。日本の伝統的な麦飯ととろろ、家庭料理として親しまれてきたのだそうである。
麦ごはんから脱却したい、おいしい白いご飯を食べたい、これが日本人の長年の念願だったのだが、麦飯にもそれぞれの地方の工夫でおいしい食べ方があったのである。
仙台名物の牛タンに麦ご飯もうまい。牛タン屋で出すのもそれなのだが、なぜうまく感じるのだろうか。
その前に、そもそもなぜ牛タンが仙台名物なのだろう、仙台は「豚肉文化地帯」(注1)なので、牛タンを食べる文化など育つわけがないのにと、不思議に思ったものだった。
それは次のようなことからだそうだ。
仙台は旧日本陸軍の第二師団の所在地、戦前は日本軍の兵舎や練兵場などがたくさんあった。戦後こうした施設はすべてアメリカ占領軍によって接収され、そこにかなりの数のアメリカ兵が駐留した。彼らはぜいたくだった。仙台市民が水道の断水で困っているときにアメリカ軍のキャンプのプールには満々と青い水がたたえられ、2~3人がのんびりと泳いでいた。彼らの食事もぜいたくだった。当然牛肉も大量に消費した。ただし日本は食糧難、しかも今のように肉牛飼育などやっていなかったので、アメリカから直接大量に牛肉を持ち込んで食べていた。だけど彼らは牛の舌は食べない。当然捨てることになる。米軍に雇用されている日本人の料理人はそれを毎日見ていた。そのうちの一人が考えた、食糧のない時代、これを捨てるのはもったいない、何とか食べられるようにできないだろうかと。そしていろいろ工夫してできたのが今の牛タン、米軍基地から不用の牛タンをもらってきて屋台等で売り始めた。それが大好評、やがて仙台名物にまでなった、とのことである(注2)。
さて、この牛タン、たしかに麦ご飯にあう。麦ご飯はさっぱりしており、若干口の中で抵抗感があるので、牛タンの味とその舌触りが引き立つのだろう。
ところが白米のご飯だとちょっと甘すぎ、するするっと入ってしまう。これでは牛タンも、前に述べたとろろも、引き立たない。こういうことから麦飯となっているのだろう(これは私の素人考え、本当はどうなのだろうか)。
理由は単純なのかもしれない、牛タンが屋台に出た頃はまだ戦後の麦ご飯が主食の時代、それで麦飯のおかずが牛タン、それで「牛タンには麦飯」ということになった、それがそのまま引き継がれた、ということだけなのかもしれないのだが。
1971(昭46)年、北上山地のど真ん中にある岩手県川井村(現・宮古市、JR山田線沿いの面積の広い村だった)での農家調査のときのことである、ある農家におじゃましたとき、昼の日中なのに、調査の最中なのに、お茶代わりということでどぶろくを出された。そもそも川井村の水田面積は少なく、その農家も自給もおぼつかないほどの水田しかないのに、そこでとれた大事な米をどぶろくにすることに驚いた。そんな貴重なものをいただくわけにはいかない、ましてや調査の最中である。と遠慮はしたものの、何しろ根っからの酒好きのこと、ついつい手が出てごちそうになってしまった。
一口含んだらちょっと味が違う。二口目、酸味が少なく、口当たりが非常によいことに気が付く。ともかくおいしい。驚いていると、農家の方は笑いながら「これはビールだ」という。麦を原料にしてつくったどぶろくだというのである。
「麦どぶろく」を飲んだのは、後にも先にもこのときだけだった。かつて米がほとんどつくれなかった北上山地では麦でつくるしかなかったのだろう。
税務署はこの山奥にも密造の摘発に来たという。とくに密売しているわけでもないのに(売るほどの大麦もつくれない地帯なのだ)、こんな山の中に(ましてや当時の道路や車の事情からして来るだけでも大変なのに)よくもまあ来るもの、さすが日本の「お役人」、と誉めたくなる。
それはそれとして、麦どぶろくはおいしかったとこの地域のお年寄りも言う。当然のことだろう、何しろ大麦の近い親戚にビール麦がいるのだから。
もう一度飲んでみたい。何とか復活して地域特産として売り出せないものだろうか。
(注)
1.jacomコラム、昔の農村・今の世の中、2019年11月21日掲載・第77回「牛馬耕と食文化(1)」、2019年12月5日掲載・第78回「牛馬耕と食文化(2)」参照。
2.先輩や友人から聞きかじったいろんな話を私なりに整理してまとめたものであり、これが正確かどうかはわからない、こんな説もあるようだということでお聞き願いたい。
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