(302)中国の「豚ホテル」【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2022年10月7日
「必要は発明の母」と言います。何事も必要に迫られないとやらない身としては耳に痛い側面がありますが、この発想と行動力、良くも悪くも流石…としか言えません。
2018年夏以降、アフリカ豚熱(ASF)により中国が直面した危機感がいかに大きかったかは想像に難くない。米国農務省の公表数字を見ると、当時世界の豚肉生産量・消費量はいずれも約1.1億トン、このうち中国は生産量で5,404万トン(48%)、消費量で5,530万トン(50%)を占めていたからである。
その後、豚肉はどこまで落ち込んだか。生産量は2019年4,255万トン、2020年3,634万トンと、わずか2年間で実に1,770万トン(▲33%)も減少した。同様に消費量は2019年4,487万トン、2020年4,152万トンとなり、こちらも2年間で1,377万トン(▲25%)の減少を示している。生産量より消費量の落ち込みが少ないのは、現代中国の食生活において豚肉がいかに重要であるかを示していると理解できる。
ちなみに2020年の日本の年間豚肉生産量は129万トン、輸入量140万トンを含めた年間需要量は約270万トンである。当時のAFSの広がりを見ていた者には、最悪の場合、最大で約1,800万トン、日本の年間需要の6~7倍に相当する豚肉が不足する可能性が見えた。言い換えれば国際市場で中国が豚肉を買いあさる姿を想定したのである。筆者もいくつかの媒体で同様の内容を記している。
しかし、その後は大きな流れで言えば驚くべきことが起こった。中国の豚肉生産量は2021年4,750万トン、2022年7月の見通しでは5,180万トンにまで回復している。消費量の回復はさらに早く、2021年5,173万トン、2022年7月で5,384万トンと、ほぼASF前のピーク水準に戻している。気になるのは生産量が激減した時期の動きだ。
そこで2018年から2021年までの中国の豚肉「輸入」量を見ると、2018年146万トン、2019年245万トン、2020年528万トンと激増している。さらに、2021年は433万トンでまだ多いが2022年には215万トンが見通され、平常に戻りつつある。この数字を見る限り、平年を150万トンとすれば、推定不足量の約1,800万トンのうち、400万トン程度は緊急輸入(それでも日本の年間需要より多い)で凌いだものの、まだ圧倒的に不足したはずだ。
中国は残りを国内で何とかしたのである。最大の方法は人々が一定期間豚肉を食べるのを控えたこと、恐らくこれが最も大きい。何と言っても10億人の胃袋がある。単純な算数だが、「5,500万トン÷10億人」は55kgになる。10億人が年間5kgの消費を抑えるだけで500万トンが浮く。1,500万トンを浮かすためには年間15kgである。一人当たり毎月4~5kg食べていた豚肉を3.5kg程度にすれば良いという計算になる。
実生活ではそううまくはいかないから時期や地域によってはそれなりの豚肉騒動が生じたようだが全体とすれば辻褄は合う。
それよりも驚くのは、中国政府がこの機会を活用し、一気に世界最先端の豚肉大量生産工場の建設を進めたことだ。1年ほど前、日本畜産学会でシンポジウムに招かれた際、この分野の専門家である高橋寛氏の話を聞き衝撃を受けた。インターネットの検索で「中国」「豚ホテル」と検索してみれば、既にAFS拡大前の2018年5月に当時の中国が何をやろうとしていたかが報道されている。
スタートは「まだ」7階建てのようだったが続々と同様の施設が誕生し、現在、最大のものは26階建て、年間飼養頭数60万頭、豚肉生産量5.4万トン以上の高層「豚ホテル」まであるようだ。ご関心ある方は「China's 'Pig Hotels'」で検索して頂ければ英語の記事を見ることができる。写真や動画だけでも一見の価値があろう。
日本で同じ計画が出された場合、恐らく喧々諤々の議論が起こるだろうが、是非は別として、必要に迫られた中国の明確な対応事例であることは間違いない。畜産の将来を考える材料がまた1つ増えたことになる
* *
米国の牛肉は地平線まで続く広大なフィード・ロットで、中国の豚肉は高層「豚ホテル」で...、という時代が来たようです。
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