(331)食料安全保障の諸側面【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2023年5月12日
わかりやすい言葉は、わかりやすいからこそ人の感覚を刺激します。我々はそのわかりやすい言葉を自らの経験に基づき自由に解釈します。しかし、そこに潜むリスクを忘れがちです。食料安全保障(food security)は、非常に誤解しやすい言葉であり概念です。
当たり前の事だが、人は毎日の食を求める。日々の食事が思うようにならなければ、人はストレスを感じるし、最悪の場合には死に至る。
さて、FAO(国連食糧農業機関)によれば、食料安全保障(food security)とは「全ての人が、いかなる時にも、活動的で、健康的な生活に必要な食生活上のニーズと嗜好を満たすために、十分で安全かつ栄養ある食料を、物理的、社会的及び経済的にも入手可能であるときに達成される状況」ということのようだ。
回りくどい表現だが、この定義に含まれている食料安全保障のポイントを試験勉強的に言うならば、①食料の供給、②食料へのアクセス、③食料の活用、そして④食料供給全体の安定性、ということになる。
大学で試験問題を作る立場から言えば、「食料安全保障に必要な4つのポイントを述べなさい」という試験問題は、作題者と学生の双方にとって最も「楽な」問題になる。
理由は簡単だ。択一式や穴埋めで作題が出来るし、採点も容易だからである。解答する方も、単語や短い語句だけを覚えれば試験では点が取れる。まさにwin-winであり良いではないか、などと考えるようでは困ったものだ。
少し考える作題者であれば、単純に「4つのポイントを述べなさい」などという表現を使用せず、例えば「4つのポイントを述べた上で、各々の内容を簡潔に説明しなさい」くらいは言うかもしれない。だが、問題の本質はこうした表現上の点ではない。
この4つのポイントは確かにその通りである。その限りでは間違いではない。ただし、食料安全保障を本当に必要としている側が置かれた状況は全て異なるという点を見失いがちである。79億人の全ての状況を個別に表現することは恐らく不可能である。仮に、極めてわかりやすい(これも危険だが)分類を用いて、先進国と途上国の違い...のような形で考えてみれば、食料安全保障という言葉が実質的に持つ違いがわかるであろう。
極端な例だが、さまざまな理由から国民の多くが生存ギリギリの状態に直面している国で普通に考える食料安全保障と、米国や西欧各国あるいは日本で考える食料安全保障とは同じ定義のもとに同じ言葉を用いていても質的な意味が異なる。
厳しくかつ極論を言えば、前者はまさに今を生きるための食料安全保障であり、後者は好きな食べ物を自由に食べるための食料安全保障とでも言えるかもしれない。そのいずれもが、先の4つのポイントを含んでいるからこそ共通の言葉で定義として用いられていると言えば確かにそのとおりである。だが、その内容はどう考えても違うことは小中学生でもわかるはずだ。
ちなみに、世界的な現実は恐らく圧倒的に前者こそが食料安全保障のど真ん中の課題である。我々は、そうした視点を当たり前とする側からは、購買力があり、消費段階における食品ロスが大量に発生する先進国において食料安全保障の課題など考えられない...と見られていることも理解しておく必要がある。
それでも先進国における食料安全保障が重要なことはもちろんだ。とくに日本のように現在の食生活を維持するために他国からの輸入に依存する国のような場合、さらには、人口減少・高齢化・買い物弱者などの要素も加味された場合、食料安全保障は途上国とは全く別の問題となる。
先の一般的な定義からこうしたレベルまで踏み込み、どこまで議論を展開し、具体的な解決策につなげられるか、これこそが現実世界で求められている対応であろう。高校や大学における試験問題であれば、少なくともこのあたりについて考えをしっかりと述べさせる内容が求められる、と思うのは高望みすぎであろうか。
* *
SDGsや昆虫食なども同じですね。SDGsや昆虫食とは何か、などというレベルではなく、多くの人がこうした対象に目を向けることで「見落とされる問題は何か」、を考えてほしいと思います。
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