【JCA週報】一世代を経て:『レイドロー報告』再考#1(イアン・マクファーソン、訳:和泉真理)(2010)2023年6月5日
「JCA週報」は、日本協同組合連携機構(JCA)(会長 中家徹JA全中代表理事会長、副会長 土屋敏夫日本生協連代表会長)が協同組合について考える資料として発信するコーナーです。
今回は、当機構の前身であるJC総研が発行した「にじ」2010年春号に、イアン・マクファーソン氏が執筆された「一世代を経て:『レイドロー報告』再考」です。
ボリュームの関係から9回に分けて掲載いたします。途中で他の掲載を挟んだ場合はご容赦ください。
一世代を経て:『レイドロー報告』再考 #1/全9回(2010)
イアン・マクファーソン(ヴィクトリア大学名誉教授)
訳:和泉真理、監修:中川雄一郎
はじめに(#1)
1.レイドロー報告考察の2つの論点
(1)世界的に異なるレイドロー報告の影響とその背景(#1)
(2)レイドロー報告の影響力の源泉
①それまでの協同組合研究の課題(#1)
②異なる世代間に橋を架けたレイドロー報告(#2)
③2つの教訓の提起(#3)
④世界的視点から物事を考察したレイドロー(#3)
⑤在来型の協同組合管理手法への疑問(#3)
⑥協同組合運動に参加する市民の能力への確信(#4)
⑦協同組合教育の重要性(#4)
2.変化するグローバル社会における協同組合の位置づけ(#5~#7)
3.レイドロー報告の最も重要な部分一第V章「将来の選択」一(#7)
おわりに(#8、#9)
#はじめに
1980年から2010年まで30年が経った。この30年という年月の長さを、われわれは、特定の世代の特徴と関連づけて考えることが多い。そしてこの年月は、アレグザンダー・レイドローが『西暦2000年における協同組合』(以下、必要な箇所以外はレイドロー報告と略称)を著してから今日までの年月なのである。かくしてわれわれは今、このレイドロー報告を、彼がその中で主たる対象とした世代の観点から評価することができるようになったのである。
#1.レイドロー報告考察の2つの論点
ところで、レイドロー報告について考察する際には、次の2つの論点が提起されることになるだろう。
ーつは「レイドロー報告の影響(インパクト)だと結論づけられるものは何か」であり、もう一つは「彼が書いたことや、また彼が取り上げた問題や課題について彼がどう考察したのか、ということから協同組合人は何を学ぶことができるか」である。
(1)世界的に異なるレイドロー報告の影響とその背景
レイドロー報告が、今では以前ほど読まれているわけではないとはいえ、依然として影響力を保持していることは注目に値しよう。レイドロー報告は1990年代の「協同組合の価値」と「協同組合のアイデンティティ」に関する議論の先導役を果たしたし、またレイドロー報告が出版された以後の、特に1980年代から90年代初期にかけての世代に属する優れた様々な人たちは、レイドロー報告が協同組合についての考えを深めていくうえで重要であったことを証明してくれている。さらに、大学の若い研究者たちも、30年もの年月が経過したにもかかわらず、依然としてレイドロー報告から示唆を得ている。特にグローバル・サウスの国々で協同組合に参加するようになった人たちにとっては、レイドロー報告は依然として有益な文書なのである。
レイドロー報告の影響は、地理的には、一般的に国際協同組合運動の故国だと見なされている北大西洋地域よりも他の地域で大きかったように思われる。1980年代までには、既存の運動を展開している規模の大きな協同組合は、問題や課題を解決する方途として、「レイドローのアプローチ」を中心とする、後世に伝えていくべき「協同組合の思想と実践」よりもむしろ、ビジネススクールやマネジメントの専門家に頼るようになっていた。この傾向はそれ以後も主流であり続けたが、他方では一世界を見渡すと一協同組合企業に特有な経営問題を扱う協同組合大学(co-operative college)や一必ずしも「協同組合学」(co-operative studies)に限定されない一協同組合に関するプログラムや調査・研究を企画するビジネススクールが復活しつつある動向もまた見ることができる。
グローバル・ノースの中でも、日本ほどレイドロー報告に関心を持った地域はないであろう。日本の多くの協同組合人がレイドロー報告に関心を持った理由は、おそらく、それが短期的な経営管理上の「対処方法」に関するものでなく、土台となる価値に関するものだからであろう。
すなわち、レイドロー報告のアプローチは、多くの日本の協同組合人がその当時の経済事業活動について考えていたやり方によく合っていたのである。加えて、もっと直接的に重要なことは、1970年代末までに日本の生協運動、農協運動それに漁協運動がかなりの程度の安定性と影響力を保持していたことである。
したがって、これは協同組合運動が安定するようになる段階において必ず見られたプロセスであるが、協同組合はその組織構造、目的、そして将来の展開について根本的な問いかけをしてきたのである。レイドロー報告は、これらの課題に関する少なくとも興味深い視点および一日本の多くの協同組合人にとって一有効で効果的な回答と当を得た目標とを提供してくれたのである。今日でもなお、レイドローが提唱した協同組合の理念(アイディア)に影響を受けている協同組合人と協同組合は存在するし、また彼が熟考した協同組合の目的は国際協同組合運動にとって重要なものなのである。
レイドロー報告がグローバル・サウスの協同組合人にとって一般により有益である理由を説明するのに役に立つもう一つの特徴を挙げれば、レイドロー報告は北大西洋地域以外の地域で協同組合運動に強力な共感(その当時の「北欧地域の人たち」の間では特に共有されていなかった共感)を呼び起こした、ということである。
ヨーロッパ中心的な協同組合の理念や組織構造を単純に導入することに反対しているレイドロー報告は、各国・各地方の地域的、文化的な活動手段や自発的行動を強調したことによって、日本だけでなく、インドネシァとインド、ケニアとガーナ、そしてブラジルとコロンビアといった多くの国々の協同組合人を引きつけた。
レイドローが言うところの一その当時よく使われた言葉であった一「第三世界」に関するセクション(第Ⅲ章・2)で、協同組合運動の将来は、グローバル・サウスにおいて協同組合運動がいかに展開されるか一すなわち、協同組合運動が(グローバル・ノースにおけるだけでなく)世界の他の地方・地域における最も富める者と最も貧しき者との間でますます拡大していく社会的および経済的な格差を埋める架け橋になり得るか一に大いに左右される、と明白に述べている。
レイドローはさらに、(北半球の)先進諸国の経済に対する(南半球の)発展途上国の負債、過剰な軍事費、広範囲に及ぶ土地改革の必要性、南北関係の「抜本的な再構築の必然性」に関連して生じている構造的な諸問題を指摘している。同時にこれらの問題は、南半球の多くの国々における協同組合の指導者たちにとっても大きな関心事であったのである。
(2)レイドロー報告の影響力の源泉
①それまでの協同組合研究の課題
レイドロー報告が影響力を維持していることは瞠目(どうもく)に値する。協同組合について書かれた著作の多くは、極めて短期間しか読まれなかったり、また協同組合内部の、あるいは協同組合学会のような研究団体(アカデミック・サークル)内の限られた人たちにしか影響を及ぼさなかったりする傾向がある。何故そうなのか。
一つには、世界の多くの国々において「協同組合研究」の分野が適切に概念化されずにきてしまい、その結果、研究団体内で真剣かつ継続的な方法でほとんど追究されずにきたからである。
さらにもう一っの理由として、協同組合に関する著書作の収集と普及が計画的になされず、無定見であることが挙げられよう。すなわち、協同組合文献の保管システムと普及システムの機能が十分に働かない体質のままきてしまったのである。それ故、協同組合に関する著書作について学ぶ機会やそれらに接する機会も限られてしまい、結局、時代遅れになってしまうのである。
しかしながら、1980年のICA(国際協同組合同盟)モスクワ大会に提出されたレイドロー報告は広い範囲にわたって普及した。レイドロー報告は、(モスクワ大会の時点だけでなくその後も)いくつかの言語に翻訳されたことによって幅広い人たちに読まれたのである。この普及は、レイドロー報告の影響力を説明するのに役立つであろう。だが、このような利点をもたらしたのはレイドローの著述だけではないのである。全体の姿を見るには他の部分に対する考察も行わなくてはならない。
*本論で「グローバル・サウス」および「グローバル・ノース」という用語が使われているので、ここでそのコンセプトを説明しておく。
これらの用語は、米・欧・日における巨大企業の「生産・消費・文化・金融の統合」に基づくグローバリゼーションによって生み出された「南北分断」を意味している。
すなわち、先進国の大部分と発展途上国の一部からなる人類の約3分の1はグローバル化の連鎖につながり、その恩恵を受けている。グローバル化の利益を享受している人びとは北と南の双方に存在する、ので、その人びとを「グローバル・ノース」と呼ぶ。
それに対して、北のニューヨークのスラムから南のリオの貧民窟に住んでいる、グローバル化の連鎖と恩恵とは無縁な人類の約3分の2を「グローバル・サウス」と呼ぶ。
この呼び方は「従来の先進国対低開発途上国の間の分断ではなく、新たな分断への変容」を意味しているのである(深井滋子「持続可能な世界の構想:地球レベルにおける環境と福祉の統合に向けて」<千葉大学『公共研究』第3巻第4号所収、2007年3月、P.150)。
(続く)
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