食糧安保の国民的合意【森島 賢・正義派の農政論】2023年6月5日
食糧の安全保障政策について、野村哲郎農水大臣は「国民的合意に基づく農政」として推進する、といっている。ここで、「国民的合意」について、その意味するところを考えてみよう。
そして、食糧安保とは、そもそも何であるか。
いま、ウクライナ紛争によって、世界の食糧安保が深刻な事態になっている。食糧不足によって、食糧価格が暴騰している。そして逆に、食糧不足がウクライナ紛争に、重大な影響を及ぼしている。
こうした状況のなかで、日本でも食糧安保の議論が始まり、農基法の改定を目指している。
食糧安保とは、何を目的にした政策か。改めて考え、国民の合意を求めよう。
ひるがえって歴史をみると、食糧不足を契機にした社会の混乱を、われわれは世界の各地で何度も経験してきた。フランスのマリー・アントワネット王妃は、革命の最中に「パンがなければケーキを食べればいいのに」と言って顰蹙をかった。食糧安保の認識を持っていなかったのだろう。そして、混乱を深めた。
日本はどうだったか。
戦国時代には、籠城戦というものがあった。城を作ってそこに立て籠もり、敵を迎え撃つという戦術である。このとき城内に充分な食糧の備えがなければ、長期戦になったとき城内の兵士は餓死するしかない。相手の敵はそれを狙って、兵糧攻めという長期の持久戦に持ち込むこともあった。
また、その後にあった打ち壊しや米騒動にみられるように、食糧不足を原因にした社会の混乱は、しばしば起きた。
このように、食糧は紛争や戦争における戦略物資で、第3の武器といわれるように、キナ臭いものである。
◇
さて食糧安保であるが、それは食糧を安定的に確保して供給する政策だ、という考えがある。
この考えによれば、食糧は備蓄を充分にしておけばいいとか、輸入食糧を安定的に確保しておけばいい、という考えになる。国内生産の安定的確保を、備蓄と輸入と同列に並べて考えている。これが、いままでの農基法である。
ここには、食糧の安全保障という考えはない。食料の安定確保でしかない。輸入の安定化は、平時の対策にすぎない。また、備蓄は目先きの対策にすぎない。
ここには、食糧は国家の存亡にかかわる戦略物資だ、という考えがない。安定供給の考えしかなく、その先の安全保障という考えはない。だから、食糧自給率が38%という危機的水準であることに対する緊迫観がない。
それだけでない。政府は市場原理主義を信奉しているようで、カネで計算すると食料自給率は66%だ、といっている。だから心配無用、といいたいのだろう。緊迫感は全くない。
◇
では、なぜ安定確保ではなく安全保障なのか。それは、前述した内外の歴史的経験に学べ、ということだが、すこし付け加えよう。
食糧の安全保障政策の目的は、国民の目先きの飢えの苦しみに耐えて生き延びる、というだけではない。前述のように、社会全体の安全保障に重大な役割りを持っている。その役割りを果たすことが目的である。
このように考えると、農業振興は第1次の目的であって、最終的な目的ではない。
◇
食糧の安全保障政策の最終目的は、社会全体の安全保障なのである。国家の独立にかかわる政策である。この認識がない食糧安保論は、農業という1つの業界の身勝手な振興論だ、と誤解されるだろう。
それでは、国民的合意は、得られないかもしれない。
だが、そんなことはない。その点を指摘しておこう。
食糧安保は、経済的弱者である農業者が、責任をもって担っている。その農業者がその責任を果たすために要求している食糧安保論にたいして、強者に虐げられている多くの国民は、連帯の意志を示すに違いない。ここに国民的合意の盤石な基盤がある。
(2023.6.5)
(前回 経済学の混迷)
(前々回 親NATO諸国の日没は8年2か月後)
(「正義派の農政論」に対するご意見・ご感想をお寄せください。コチラのお問い合わせフォームより『コラム名』をご記入の上、送付をお願いいたします。)
https://www.jacom.or.jp/contact/
重要な記事
最新の記事
-
シンとんぼ(171)食料・農業・農村基本計画(13)輸出国から我が国への輸送の状況2025年12月6日 -
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践(88)ジチオカーバメート(求電子剤)【防除学習帖】第327回2025年12月6日 -
農薬の正しい使い方(61)変温動物の防除法と上手な農薬の使い方【今さら聞けない営農情報】第327回2025年12月6日 -
スーパーの米価 前週から23円上昇し5kg4335円 過去最高値を更新2025年12月5日 -
支え合い「協同の道」拓く JA愛知東組合長 海野文貴氏(2) 【未来視座 JAトップインタビュー】2025年12月5日 -
【浜矩子が斬る! 日本経済】『タコ市理論』は経済政策使命の決定的違反行為だ 積極財政で弱者犠牲に2025年12月5日 -
食を日本の稼ぎの柱に 農水省が戦略本部を設置2025年12月5日 -
JAの販売品販売高7.7%増加 2024年度総合JA決算概況2025年12月5日 -
ポテトチップからも残留農薬 輸入米に続き検出 国会で追及2025年12月5日 -
生産者補給金 再生産と将来投資が可能な単価水準を JAグループ畜酪要請2025年12月5日 -
第3回「食料・農林水産分野におけるGX加速化研究会」開催 農水省2025年12月5日 -
新感覚&新食感スイーツ「長崎カステリーヌ」農水省「FOODSHIFTセレクション」でW入賞2025年12月5日 -
(464)「ローカル」・「ローカリティ」・「テロワール」【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年12月5日 -
【スマート農業の風】(20)スマート農業を活用したJAのデジタル管理2025年12月5日 -
「もっともっとノウフク2025」応援フェア 農福連携食材を日替わりで提供 JA共済連2025年12月5日 -
若手職員が"将来のあるべき姿"を検討、経営層と意見交換 JA共済連2025年12月5日 -
IT資産の処分業務支援サービス「CIRCULIT」開始 JA三井リースアセット2025年12月5日 -
「KSAS Marketplace」に人材インフラ企業「YUIME」の特定技能人材派遣サービスのコンテンツを掲載 クボタ2025年12月5日 -
剪定界の第一人者マルコ・シモニット氏が来日「第5回JVAシンポジウム特別講演」開催2025年12月5日 -
野菜との出会いや季節の移ろいを楽しむ「食生活に寄り添うアプリ」リリース 坂ノ途中2025年12月5日


































