(343)この時期に思い出す「本」【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2023年8月4日
毎年8月15日を意識してか、この時期は戦争に関連する書籍が数多く発刊されます。季節の読書のような形で戦史関連書を読み始めてから30年以上、時間を経ても記憶に残る書籍をいくつかご紹介したいと思います。
手元には文庫版で1992年の第7版がある。単行本の初版は1984年だ。そう、筆者が大学を卒業して社会人になった年なのでよく覚えている。この年、戸部良一ら6名による『失敗の本質-日本軍の組織論的研究』が出た。
こんな研究が可能なのか!という衝撃はよく覚えている。当時20代の筆者にはこの分野は歴史の一部として表面を理解していた程度にすぎない。個別にいかなる研究がなされていたかは知る由もなかった。インターネットもない時代、書店で入手可能な戦史関連書籍といえば、旧軍関係者による回想録が中心である。実際に戦争を経験した人達の記録は極めて生々しく、折に触れて読んできた。ところが、この本はいわゆる回想録とは異なるアプローチを採用していた。「はしがき」によれば、「戦史研究に社会科学的方法論を導入した」という点が極めて斬新であった。
ノモンハン事件、ミッドウェー作戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ海戦、沖縄戦と、極めて有名な「作戦」において、何が共通する「失敗」で、そこから後世の我々は何を学ぶべきかを非常に上手くまとめている。いろいろな意味で、その後、現在に至るまで筆者にも影響を与え続けている本である。
次に、2006年発行の文庫本2冊本、山本七平による『洪思翊中将の処刑』である。初出は1986年のようだ。山本七平の著作としては、イザヤ・ベンダサンの名で記した『日本人とユダヤ人』や、これも名著といわれる『私の中の日本軍』などがあるが、筆者はどれよりも『洪思翊中将の処刑』に引き込まれた。文庫本の裏表紙をさらに現代風に要約すれば、洪思翊中将は明治42年、大韓帝国最後の皇帝純宋により選ばれ、日本の陸軍士官学校・陸軍大学を出て、終戦時は比島(フィリピン)派遣第14方面軍の兵站監という地位にあった。在任中は「捕虜には十分な配慮を惜しまなかった」中将だが、戦後は戦犯として告発・処刑される。
下巻の裏表紙には「"武人の矜持"に支えられた道徳律と、実態には関わりがなく厳密な確認と証明を求めるアメリカの"リーガル・マインド"との相克をたどり、"文明の衝突"の犠牲となった洪中将の最後を描く"」と記されている。
東京裁判における「BC級戦犯」の裁判が実際にどのような形で行われたのか、いかなる論理をもとに法廷で争われたのかが、極めて緻密に描かれている。後年、仕事で米国に滞在した際、いわゆるリーガル・サスペンスのようなものをペーパーバックで何冊も読んだが、この本で読んだ論理の使い方を何度も思い出した。これも是非、一読してもらいたい本である。
さて、もう一冊は現在、読書中のものだ。酒井聡平『硫黄島上陸-友軍ハ地下二在リ』(2023)である。初版第一刷が7月25日に出たばかりだ。先に紹介した本とは全く趣が異なるが、これはこれで現代の日本人が忘れかけている重要な仕事である「遺骨収集」という難事業をしっかりと、それも自らの実体験に基づいて記している。
2006年の映画『硫黄島からの手紙』で有名になった栗林忠道中将の「国ノ為重キ努を果シ得デ、矢弾尽キ果テ散ルゾ悲シキ」という訣別電報を覚えている方も多いであろう。
その硫黄島では現在でも「遺骨収集」が継続している。だが、その作業そのものがいかに大変であるかはほとんど知られていない。これを自らの祖父の思いを背負った著者によるリアルな経験として記している。それにしても、今でも穴を掘るのはまさかの道具が使われているという点、これには驚いた。是非、こちらも読んで頂ければ、爆発物処理に携わる人の苦労の一部や、戦争が残したものがいかに悲惨で重かったかがわかるはずだ。
* *
熱中症予防のため、不要不急の外出は止めるようにとのメッセージが聞かれます。じっくりと本を読むタイミングかもしれません。
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