【やさしい経済の話】貿易赤字の行方(下)極端な円安脱却期待 浅野純次・元東洋経済新報社社長2023年9月11日
経済に詳しい元東洋経済新報社社長で石橋湛山記念財団評議員などを務める浅野純次氏が解説する「やさしい経済の話」。今回は「貿易赤字の行方」について問答形式で解説してもらった。
大地 ごちそうさま。今日もおいしかったけど、コーヒーでおせんべいって初めてだった(笑)。では再開しますか。
里花 コーヒー飲みながら思ったんだけど、金融や財政ってエコノミストや学者の人たちがよく発言してるけど、貿易ってあまり目立たないわね。なぜなのかしら。
大地 確かに。貿易のスペシャリストってめったに登場しないね。分析したり議論したりする機会が少ないからかな。貿易政策なんて聞いたこともないくらいだし。マスコミもめったに取り上げないしね。国民の関心がもうひとつということもあるかもしれない。そうそう、大学でも貿易論って授業があったけど、学生の数は多くなかった。商社へ就職しようっていう仲間が取っていたくらいで。
里花 でも貿易って大事よね。
大地 もちろん。昔はソーシャル・ダンピングという安売り輸出をしているって日本が欧米から疑われて、戦争になりかかったこともあるし、今もほんとの戦争じゃないけど、関税戦争はしょっちゅうある。日本の対米家電輸出や半導体輸出で大もめしたあげく、日本の失われた30年につながったことを考えると、政官財学で貿易戦略にしっかり取り組んでいく必要があるね。貿易戦争のタネは尽きない、のさ。
里花 WTOってよく聞くけど。
大地 世界貿易機関のことだね。世界の貿易が自由で公正なものであるように努力し監督するための組織だ。不当な輸入制限をされた国がWTOに提訴するのはよくあることで、最近では処理水をめぐる中国の輸入制限に対しても日本は提訴すべきだという意見は盛んに出ているね。
里花 ところで日本の輸出と輸入の中身はさっきの話でだいたいわかったけど、貿易が増えたり減ったりってどうやって決まるのかな?
大地 2国間の需給関係が商品の質と価格で決まるのは当然だよね。輸出価格は生産者と輸出業者が決めていくわけだけれど、為替レートも重要だね。2割円高になったとして、輸出価格を2割値下げすれば前の価格で購入というか輸入できるけど、2割も値下げしては供給側は採算がとれなくなるだろう。でも元の輸出価格のままだと輸入側は2割も高く払わないといけないので買うのをやめるかもしれない。
里花 円安だとその反対...ね。
大地 今がそうだけど、3割円安として輸出車は輸出価格を据え置くと現地では3割安くなって競争力は大幅に高まるわけだ。でも値下げしても売れる台数はそんなに増えない――経済学者は価格弾力性が低いっていうんだけど――そう思えば、輸出価格を3割値上げして現地価格を据え置くことにするほうが利益はうんと増える。実際はその間のどこかで輸出価格は決まっているけどね。
里花 ちょっとこんがらがりそう。要するに日本として、輸出する立場に立てば円安、輸入する立場に立てば円高が好都合ってことね。
大地 そのとおり。ただし今のような行きすぎた円安では輸出でのメリットより、輸入面のデメリットが大きくなるというふうにもいえる。これまで何度か話したけど、ゼロ金利政策の是正が進んで極端な円安が終わることを期待したいところだね。
里花 貿易赤字が続くとどういうことになるの。いつまでも続いて大丈夫かしら。
大地 国の外貨保有高が十分あれば赤字をカバーしていけるのでその限りでは大丈夫だ。そこで問題になるのが経常収支で、モノの輸出入である貿易収支に加えて、おカネのやりとりで構成されるサービス収支と所得収支を合計したものをいう。サービス収支は国際貨物や旅客運賃の代金、海外旅行での受け取りと支払いなどで、所得収支は海外子会社からの配当や利子が主なものだ。日本は所得収支が大きく伸びているので、10兆から20兆円という巨額の経常収支黒字が8年続いている。その限りでは貿易赤字をあまりに心配することはないという意見が強いし、ぼくもそんなふうに見ている。
里花 でも貿易収支もせめて均衡したほうが安心じゃないの。
大地 それはそうだ。ただエネルギー価格の高騰は落ち着いてきているからね。商社の集まりである日本貿易会も2023年度は輸入価格が6%強下がるので貿易赤字は14兆円まで減るだろうと予測している。
里花 でもまだ大幅な赤字ね。
大地 そうだね。貿易赤字が続いている限りは、円安は簡単には止まらないだろう。日米金利差だけ見て為替レートをうんぬんするエコノミストが多いけど、貿易赤字も円安要因だということを忘れてはいけないね。
里花 そうそう、農水産物や食品の輸出増の話を忘れていたわ。
大地 そうだね。明るい話もしないと。品目別に輸出額の多いのはアルコール飲料、ホタテ貝、牛肉の順で、特にウイスキーとホタテ貝は絶好調だね。ただし両方とも対中輸出が多いので、処理水問題の行方が心配だけど。農水産物と食品全体では今1・4兆円ほどなのを、国は2030年までに5兆円にすると意気込んでいる。確かに日本の食は世界的に人気が高くて、工夫次第では伸びしろは大きいと思うよ。
里花 私たちもがんばらないと(笑)。
大地 外国人の訪日目的の筆頭が日本の食だからね。しかも高額な食への抵抗は円安もあってだけど、非常に少ない。この消費も貿易外収支にカウントされるわけで、貿易収支の赤字を貿易外で埋めることへの期待は大きいね。
里花 何か楽しみな貿易論で終わりそうね。
大地 TPPとかFTAとか、輸出入に際しての通貨の選択や為替変動へのリスク対応とか、貿易をめぐって話すべきことはまだたくさんあるけど、続きはいずれまたということで。
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