【浅野純次・読書の楽しみ】第90回2023年9月20日
◎石破茂・神山典士『「我がまち」からの地方創生』(平凡社新書、1012円)
地方創生。言葉は盛んに使われますが、その内容は人によって違います。特に政治の世界ではキャッチフレーズとして使われるだけなのが普通です。
とはいえ政治家の石破茂さんは、地方創生を「上から・中央からの改革ではできない。必要なのは国民一人一人が我がまちの未来を真剣に考え、自らつくっていくこと」だと明快に述べています。
本書はそうした視点に立ち、たとえ一人であっても活躍を続ける「プレーヤー」に焦点を当て、「点」が線や面になっていくことを目ざそうという切り口から執筆されています。
例えば大分県竹田市長湯温泉を長期滞在型として活性化させるべく取り組んでいるシニアの首藤さん。あるいは埼玉県秩父市栃本地区を過疎から守り蘇らせようとさまざまな試みを続けるシニアの三人組。さらに廃線寸前の銚子電鉄の話もおおいに参考になります。
もう一つ興味深いのは女性のリーダーシップが重要だとして、いくつかの例を挙げていることです。確かに地方創生と女性というのは大事な視点です。
あくまで具体例を足場に地方創生を考えていこうという狙いはいい線をいっています。百の説法より百の実例です。実例をヒントに我がまちの未来を考えていきたいものです。
◎NHKスペシャル取材班『中流危機』(講談社現代新書、1012円)
今、日本ではかつて隆盛を極めた中流階級はほとんど消滅して下流が圧倒的になってしまいました。本書はその現実の分析から始まります。正社員になれない、結婚もマイカーも、そして持ち家もみんな夢のまた夢。そんな厳しい実態が明らかにされていきます。
全世帯の所得分布の中央値が1994年には505万円だったのが、2019年にはなんと374万円だと聞かされると、大抵の人が目(あるいは耳)を疑うでしょう。
こうして前半は非正規雇用の増大など中流消滅の現実を描いたのち、後半ではどうしたら中流が再生するかが論点になります。
そこでいちばんの論点はリスキリングです。AIやロボットなどにより人間がやってきた仕事が消えていくことはよく言われますが、リスキリングは仕事を奪われた人たちが新たな業務に必要な職業能力を習得することで、これは行政や企業が責任をもって行うべきものです。中流の復活に日本の未来がかかっていることを痛感させられる本です。
◎原田ひ香『図書館のお夜食』(ポプラ社、1760円)
『三千円の使いかた』を読んだ方ならこの本の著者はもうおなじみのはず。今度は夜だけ開館する東京郊外の風変わりな図書館が舞台です。亡くなった有名作家の蔵書だけが収納されていて、ファンや研究者がぽつぽつやってくるのです。
まるで本の博物館のような、そんな図書館で働く本好きな元書店員や元古書店員たちの生き方と、時折起こる風変わりな事件を軸に話は進みますが、終盤、ミステリアスな図書館のオーナーの素顔が明らかになってくる、謎解き風の味わいも込められています。
書名の「お夜食」は田辺聖子や森瑤子などの作品中に現れる料理を、図書館のまかない料理人が館員に提供していくところから。みんなが例外なく「おいしい」を連発して食べるのがご愛敬です。
登場人物たちの抱える秘密も重要ですが、主人公は彼らを翻弄する本という存在かもしれません。饒舌な長編小説、と申し上げておきましょうか。
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