水汲みと風呂焚き【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第266回2023年11月22日
その昔(といっても数十年前までのころということになる)、家の外に井戸があった。私の家では玄関の前のところにあった。だから、井戸水を台所まで手桶で運び、流しにある大きな甕にそれをあけて貯め、そこからひしゃくで汲んで飲み水や料理、洗い物に使っていた。
風呂の水も井戸から風呂場に運んだ。その水汲みと水運びは子どもの仕事だった。手押し井戸ポンプなので、木製の取っ手(ハンドル)を手で上下に押して水を汲み上げるのだが、上にあげたときの取っ手は、身体が小さい自分の背よりもずっと高くなる。そこで取っ手にぶらさがって、つまり自分の体重を利用して思い切り下に下げて水を出し、手桶に注ぐ。こうして水をいっぱいにした手桶を風呂場まで運ぶ。風呂場までの距離はわずか3~4mだが、風呂がいっぱいになるまで重い手桶を持って何十回も運ぶのは小学校低学年の子どもにはかなりの重労働だった。
うれしかったのは、私が風呂の水汲みを始めると、私の家でもらい風呂(よその家の風呂に入れてもらうこと)をしている隣りの家の娘さんがその音を聞きつけ、手伝いにきてくれるときだった。大人が手伝い、しかも汲むのと運ぶのとに分業し、時々その役目を交替するので、早く終わる上に、疲れも半分となる。
とてもではないが、大人でもつらい風呂の水汲みを毎日やるわけにはいかない。そんなひまもない。だから一度汲んだ風呂の水は三日ぐらい使う。熱過ぎるとき、お湯が少なくなったときに、水を足すだけである。今考えれば不潔だが、風呂に入らないよりはましだった。
なお、私が生まれる前までは、生家でも井戸ばかりでなく小川と池の水も生活用水として利用していたらしい。そのときの小さな池が家の前の畑のすみにまだ残っていた。コンクリートでつくられ、近代的になっているが、わきにネコヤナギの木があり、昔の風情が残っていた。そこは、野菜や道具などの土や泥の付いたものの洗い場として利用していたらしい。しかし、すぐ近くに新しくできた小学校のために清流の流れていた小川が遠くに移され、雨が降るとようやく水が流れてくるような水路になってしまったので、池はあまり使わなくなっていた。
ただし遠くの小川は使った。母が幼い弟妹の汚れたおしめを田畑に持っていき、作業が終わる頃に田畑の近くにある小川で洗濯をして帰ることもあった。その小川は農業用水であったが、生活用水でもあったのである。
子どもがもう少し大きくなると、風呂焚きも仕事となる。私の生家では鉄砲風呂(注1)だったので、まず風呂の鉄砲に杉の葉を入れてそれに下から火をつけ、木の小枝にそれを燃え移らせ、その火が太い薪につくようにする。薪に完全に火がついたら、亜炭を入れる。亜炭に火が点けば安心である。こううまくいけばいいが、途中で失敗すると、最初から全部やり直しとなるので大変である。
当然の事ながら、火をつけるのも子どもの仕事である。マッチで、あるいは付け木にいろりの火などを移してきて、火をつける。
ところが今の子どもは火のつけ方を知らない。今から20年も前の話になるが、網走の家の庭でバーベキューをしたとき、夏休みを過ごしに東京から来ていた小学一年生の孫がマッチのすり方を知らないのに気がついてびっくりした。ひねればあるいはボタンを押せば火がひとりでに点く時代ではやむを得ないことなのだが。学生の場合、さすがにマッチのすり方はわかっていた。しかし薪や炭の燃やし方がわからない。すぐに消えてしまう。「付(つ)け木(ぎ)」がわからなくなっているのは当然としても、火のつけ方や燃やし方がわからなくて人間といえるか疑問となる。人間は火を工夫することで人間となったからだ。といいながら、私たちの世代も火打ち石で火をつけることも知らないと何代か前の先祖から嘆かれるのかもしれないのだが。
ところで、「付け木」といってもわからない人が多くなっている。これは葉書大の経木(きょうぎ)(注2)の上の方1cm弱に黒緑色の硫黄がついているもので、それを適宜縦に折って細くし、それにいろりや火鉢の残り火を種火として火をつけ、それを燃やしたいもののところに持って行ってその火を移すもので、マッチが貴重品だった時代に珍重されたものである。火をつけたときの青い色と硫黄が燃える匂いがなつかしい。
付け木ばかりではない。いろりはもちろん、日本の伝統的な生活用具だった火鉢、火箸、十能、五徳なども今の若い人たちにはわからなくなった。
便利になったためなのだからこれでいいのだが。私たちの世代でなくなる、いやなくしてしまった、何か寂しい、先祖にそして子孫に何か申し訳ないことをしてしまったような気もするのだが。
(注)
1.木製の風呂桶の中に入れてある銅製または鉄製の筒(これを「鉄砲」と呼んだ)の下部で炭や薪をたいてその筒を熱し、その熱で風呂桶に入れた水を熱くする形態の風呂。他に、鋳鉄製の風呂釜に入れた水を直火で暖めてお湯にする形態の「五右衛門風呂」があった。
2.経木とは杉や檜 (ひのき) などの木材を紙のように薄く削ったもので、魚や肉などを買うと店の人がこの経木に包み、わらなどで縛って渡してくれたものだった、また今言った付け木の材料としても使われた。ポリ袋やプラスチックトレイなどの普及でもう見られなくなってしまったが、半世紀前までは経木は生活必需品、人々になじみ深いものだったのである。
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