北海道農業の危機は日本の危機【小松泰信・地方の眼力】2023年12月6日
「もし各国が、輸出の規制を始めたら大変なことになる。わたしたちは食料システムが脆弱な世界で生きている、と理解しなければならない」と語るのは国連食糧農業機関(FAO)チーフエコノミスト。前回の当コラムで紹介した「NHKスペシャル シリーズ 食の“防衛線”」(11月26日21時放送)から。

食料供給基地の深刻な担い手不足
北海道はわが国の食料の安定供給に大きく貢献する食料供給基地。2020年の農業産出額は1兆2667億円で、全国の14%を占めている。食料自給率も216%で全国第1位。だからこそ、農業を取り巻く現状に強い危機感を覚えている。
北海道新聞は、道の農業と食の持続可能性を考える新シリーズ「岐路の農 危機の食」を12月4日付より始めた。第1弾が「農業基本法を考える」を軸に置く5回シリーズ。
第1回(12月4日付)は「農家急減、迫るコメ不足」。美唄市の稲作農家(71)は、今年限りで水田10ヘクタールを手放すことに。「体力もそろそろ限界。来年からは残りの10ヘクタールでコメを作って、あと3~4年で辞めようと思っている」と語る。農業投資には慎重で、経営は安定していた。子どもは3人いるが農業後継者はいない。
全国の稲作農家戸数は、2003年の163万7750戸から21年には65万4千戸と急減。全国2位の北海道も2万3400戸から1万戸に。道の稲作農家減少率は酪農家や畑作農家のそれを上回っているそうだ。
このペースで担い手が減少していけば、国内自給率が100%近いコメも不足する恐れがあると警鐘を鳴らすのは、三菱総合研究所。同研究所は、農家全体の戸数が50年に17万7千戸(23年2月比81%減)と推計。この間の人口減少率は推計で24%。人口減よりも農家の減少率の方がはるかに大きい。稲作農家の減少率も農家全体と同じと仮定すると、主食用米は25年以降、生産量が需要を下回るようになり、ピークの40年には156万トンのコメが足りなくなるとのこと。わずか17年先。
農水省は、農地の集約と大規模化による生産性の向上をひとつの方向と位置付けているが、「水田の場合、田植え機やコンバインなどの一般的な農機具を効率的に活用できるのは20ヘクタールほど。それ以上、面積が広くなると、同じ機械を2台購入する必要が出るなど、巨額の設備投資が必要になり、生産コストが上がる」と、大規模化の限界を記事は伝えている。
「道内で規模拡大の意欲がある稲作農家の多くは20ヘクタールに達しており、さらなる拡大は難しくなっているのが現状だ」と指摘するのは、道立総合研究機構中央農試の山田洋文主査。
「担い手が不足する中、どうやって必要な量のコメを持続的、安定的に生産していくか。早急に手を打たなければ手遅れになる」と警告するのは、北大大学院農学研究院の東山寛教授。
北海道にも忍び寄る調達の困難性
第2回(12月5日付)の「食材高騰、産地も選べず」は、JA北海道厚生連の札幌厚生病院における病院食を取り上げる。道産食材の利用を強く意識し、かつては目標とする6割を上回ることが当たり前だったが「5年くらい前から難しくなっている。今は5割が精いっぱい」(道厚生連経営管理部)という状況に。その背景にあるのが、ウクライナ侵攻や円安に、気候変動による生産量減少、人件費や流通コストの上昇などによる食材の高騰。1食約640円の予算をオーバーし、道内全厚生病院の給食事業は本年度、合計で過去最悪の1億8千万円の赤字が見込まれている。さらに、鳥インフルエンザでの鶏卵不足、猛暑によるトマトの品薄などにより、思うように地元産食材を使うことが難しくなっている。この事は、不測時以外でも、供給不足や経済的な理由で十分な食料を入手できなくなる可能性があることを示唆している。
平時においてすら盤石ではないわが国の食料供給事情を伝え、記事は、「平時も含め、すべての国民が食料不足を回避できる具体策を打ち出せるかは、まだ見通せない」と諦め気味に終わる。
遅々として進まぬ肥料国産化
第3回(12月6日付)は「肥料国産化 道は険しく」。日本は化学肥料の大半を輸入に頼る。特にリン酸の価格が急騰。これにウクライナ侵攻や円安が追い打ちをかける。上川管内剣淵町で小麦やジャガイモを生産する畑作農家(42)は、従来の肥料の価格が倍増し、背に腹は変えられず、JAを通じ、原料の配合を自身で決める「オーダーメード肥料」を今年初めて購入。作物栽培に不可欠なリン酸の含有率を半分に減らすなどし、購入費を昨年と同程度に収めた。品質への影響はなかったが、肥料の使用量削減のため例年栽培していたビートの生産もやめて急場をしのいだ。「オーダーメードは一時しのぎにすぎず、肥料高騰が続けば廃業してしまうかもしれない」と、経営主は廃業の可能性を口にする。
岩見沢市の下水処理施設「南光園処理場」は1978年から、下水をきれいにする過程で出る汚泥を原料にした肥料を農家に無償提供している。近年の生産量は約2300トン。4月には国の実証事業に選ばれた。市は設備の増強も進めており、「肥料の地産地消を加速させたい」(農業基盤整備課)とのこと。釧路市や上川管内美瑛町などでも同様の取り組みが行われているが、国土交通省によると、全国で1年間に発生する下水汚泥約230万トンのうち肥料に活用されるのは1割と決して多くはない。
「汚泥活用を含む循環型農業に対する農家や消費者の理解促進に向け、国は危機意識の醸成や財政支援などでリーダーシップを発揮する必要がある」とは、東大大学院の加藤裕之特任准教授。
記事は、「肥料の国産化を含めた食料自給力底上げの道のりは長く険しい」と、嘆息混じりのエンディング。
「口だけ危機」こそ危機
北海道新聞は、わが国最大の食料基地の厳しい現状を報じることで、この国の農業と食料が危機的状況にあることを伝えている。
冒頭で紹介したNHKスペシャルで、農水省の総括審議官は、「まだコスト削減の余地というのはかなりあるのかなと、もっと大規模化するとか、もっと投入する肥料とかを効率的にするとか、余地があるのかなと思いますので、そこをやりつつ、あとはわれわれが重視しているもので輸出ですね。それをすることによって国内は当然供給しながらも、そのプラスアルファでコメを作ることもできますので、そういったコメの可能性をもっと広げていく施策も合わせてやらないといけない。(中略)大丈夫だってことではなくて、いろんなリスクを目前にした危機感というのは、われわれしっかり感じています」と語っている。
限界を示す大規模化、効率的投入をあざ笑う肥料価格の高騰。現場からの悲鳴を真正面から受け止め、本心から危機意識も持っているなら「輸出」の二文字は出てこない。リスク無き所から、「口だけ危機」を語る役人の存在こそが危機そのものである。
「地方の眼力」なめんなよ
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