陣取り合戦・経済安保のせめぎ合いの中の多国間経済連携協定IPEF【近藤康男・TPPから見える風景】2024年1月11日
IPEF(自由で開かれたインド太平洋経済枠組み)は、2022年5月23日の訪日の際に、バイデン米大統領が立ち上げを宣言して始まった。当初13ヶ国が参加し、更にフィジーが加わり14ヶ国となった経済枠組みだ。14の参加国は、日・米・韓・豪・印・NZ・インドネシア・タイ・マレ-シア・シンガポ-ル・ベトナム・ブルネイ・フィリピン・フィジ-から成る。
供給網以外で何が合意されたのか?従来の協定とは異質なIPEF
2023年11月17日(金)、日経新聞夕刊が"11月16日の首脳会議でIPEFの貿易分野を除く3分野(供給網、公正な経済、クリーンな経済)で合意を確認"と報じた。その後供給網の協定「サプライチェーンの強靭性に関する繁栄のためのインド太平洋経済枠組み協定」は、11月14日付で署名され、外務省のウェブサイトに公表されている。
しかし、先送りされた貿易分野は兎も角、"公正な経済、クリーンな経済"は、外務省のサイトには掲載されていない(12月26日現在)。そして、16日の首脳会合の共同声明では、初耳である「IPEF重要鉱物対話」創設が公表されている。参加国内の重要鉱物サプライチェーンの強化に向けた緊密な協力関係を醸成することが目的で、今後も重要鉱物に限らず、エネルギー安全保障や技術などの分野で、追加的なイニシアチブを探求するとしている。
今までこのコラムでもIPEFについて何度か触れ、これまでUSTRタイ代表が度々、「年内に合意する」と強調していたことも紹介した。年内合意は何処に行ったのか?今後、対象分野なども微妙に内容を調整しながら協議が進められるのだろう。
関税回避の協定書で目立つ、意味不明の表現とおぼろげな経済安保の輪郭
供給網の協定書(日本語分)は53ページ、27条に渡っている。以前にも、2022年2月公表のIPEFの原型と思われる、バイデン政権のINDO-PACIFIC STRATEGY OF THE UNITED STATESについて紹介した。その際、経済連携に関するページ数は少なくかつ表現も一般的で、例外は米軍のアジア配備の再編に関する具体的な表現と、中国という国名の頻繁な登場が目立つと指摘した。今回合意署名された"供給網"に関する協定書にも同様の印象を持った。
各条項に共通するが、実質的な冒頭の条項、と言える第2条「IPEFサプライチェ-ンの強化のための協力」から始まって、目立つのは、"協力"、"(締約国は)意図を有する"、更には"可能な範囲で~する意図を有する"、"支援する"などの、経済連携協定には珍しい表現が度々使われていることだ。
少し異質で目新しいのは、第10条「重要分野又は重要物品の特定」だ。ここには「IPEF重要鉱物対話」や、"経済安保"を意識した文言が登場している。
曖昧さは、バイデン政権にも継承されている、多国間経済連携協定での、議会承認を要する関税協議を避ける米国政府の立場と、そのことに対する"グローバルサウス"参加国の失望やルール分野への消極姿勢から来るのだろうか?
突然の"重要鉱物対話"の創設は、経済安保との関りによるものだろう。台湾は参加国に無いが、22年6月28日の新聞報道では、"台湾とは別途IPEF代替の経済連携協議体を立ち上げる方針"との記事が見られた。IPEFと経済安保の関連を示唆するというのは深読みに過ぎるだろうか?
日米欧・中露・グローバルサウスの"3極化"の中での多国間経済連携協定における経済安保は、意味を持ちうるか?
"3極化"は、特に日米欧と中露の間では"陣取り合戦"ともいえる様相を帯びている。中南米は米国の裏庭と言われ続けたが、中国の進出/浸食が見られるし、太平洋島嶼国も同様だ。アフリカでは旧宗主国のフランスなどの後退が目立つ一方、中露・特に中国が存在感を増している。政治的基準の緩さを伴う点で、中国の戦略的意思などが垣間見える。
安全保障は、主に軍事の側面で語られてきたが、最近は"経済安保"という表現を目にすることも多い。多国間経済連携協定における経済安保は、協定参加国相互の物品・サービス・ノウハウ提供を非参加国に対するよりも(逼迫時・過剰時などに)優先的に対応することと言ってよいだろうか?
しかし、最近の日本では、"買い負ける"という言葉をよく耳にする。そのうちに"売り負ける"という言葉も聞かれるようになるのかもしれない。このことは、協定の有無や経済安保概念よりも、本来は、製品・サービスなどの価格・品質・供給力・購買力など、総合的な経済力・競争力がカギであることが感じられる。
輸出入管理・規制に拘わらず、中国製品がメキシコで最終製品化されて米国に輸出されていることや、逆にロシアにおいて日本製の部品が使われた武器がウクライナ攻撃に使用されていること、が当たり前のようになっているのが現実だ。
軍事的安全保障が国家による権力発動で一元的に発動されるのに対して、経済安全保障は
まず、IPEF第12条「サプライチェーンの途絶への対応」にあるように、自国の法令による共有・支援・民間部門への奨励などが中心だ。
日本も経済安全保障推進法の時代へ
IPEF立ち上げより早く、日本も2021年10月に経済安全保障担当大臣が置かれ、同推進会議・同有識者会議が設置された。そして、2022年5月「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律(経済安全保障推進法)が成立・公布されている。①重要物資の安定供給の確保、②基幹インフラ役務の提供確保、③先端的な重要技術の開発支援、④特許出願の非公開、の4つの内容から成り、公布後6ヶ月~2年以内に段階的に施行されることとなっている。
経済安保なる概念は"危うさを孕み"かねない。人権・個人情報・土地所有等々、今後、国家が、どの程度、権力行使、規制強化に傾くのか注視したいと思う。
※参考
ジェトロビジネス短信:IPEF動向
https://www.jetro.go.jp/biznews/feature/ipef2022.html
2023年11.16IPEF供給網協定書:日本語
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100581549.pdf
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