「価格は市場で、所得は直接支払いで」【熊野孝文・米マーケット情報】2024年1月16日
全国米穀工業協同組合は1月11日、千代田区の中労基協ホールで東日本情報交換会と席上取引会を開催した。当日は新年最初の情報交換会とあって特別に新潟食料農業大学の渡辺好明学長が「コメの先物取引」について講演した。講演では、先物取引についての誤解や非常識を一つ一つ解き、正しい知識を持つことが重要として、一般的な誤解やコメの当業者が抱く誤解など9つの項目についてわかりやすく解説した。また、農政調査委員会の農産物市場問題研究会の中間とりまとめにも触れ、政策を直接支払制度に切り替え、国際競争力に耐えられるようにするために「価格は市場で決め、生産者の所得は直接支払い」にすべきと言う提言を紹介した。
講演でははじめに農政調査委員会が主催して昨年7回にわたり開催された農産物市場問題研究会の中間とりまとめの要点を紹介した。
① 水産物、食肉等では、経由率こそ下がっているが、市場は「価格形成・評価の拠点」として重要な役割を果たしている
② コメには<価格評価→生産・供給の誘導の場>=市場がない
③ 現物市場・先渡し市場・先物市場が存在し機能を全うすることで、トータルの市場は社会的な意義を果たせる
④ 需要減と生産調整などで日本のコメ市場は縮小しているが、人口・経済が拡大している国々にはコメの大きなマーケットがある。環太平洋地域はコメの同一市場になりつつあり、日本がコメ輸出のイニシアティブを取れるはずが、現在は、中国・大連取引所が主導
⑤ 政策を直接支払いに切り替え、国際競争に耐えるように「価格は市場で、所得は直接支払いで」
以上5つの要点にとりまとめられている。
5番目の直支払制度については、消費者団体からも「直接支払いによる国内農業生産強化」という提言がなされている。日本生協連は昨年5月に食料・農業・農村基本法見直しに関する意見書で「国内農業生産の強化の便益は社会全体に及ぶものであり、そのコストは価格転嫁によって消費者のみが負担するのではなく、財政支出によって、社会全体で広く分担していくべき」。「財政支出に基づく生産者への直接支払い等を通じて、国内農業生産の強化や再生産への配慮と消費者の食料アクセスに配慮した買いやすい価格の実現」という内容を示している。
生産者への直接支払いは、日本では本格的に議論されたことがないように思われてきたが、実はそうではない。
ガットウルグアイラウンド交渉終了後、農水省内部で密かに新しいコメ政策が検討された。その内容は以下のようなものだったという。
① 食糧管理法に代わる新法を制定し、流通規制は大幅に緩和する
② コメに直接支払いを導入する
③ その財源は、転作助成金と自主流通奨励金を基本に考える。ただし、農業共済掛金助成の稲作部分を財源に加えることについても排除しない。
④ 内容は、価格補填効果を持つ「青の政策」とする。ただし、農業共済掛金助成を財源に加える場合には、収入保険的な制度として設計する。
⑤ 支払いの対象は、生産調整実施者とし(選択減反)、生産調整の参加不参加は生産者の自由な判断に委ねる。
こうしたコメ制度改革案は農水省の幹部の了解を得て、大蔵省の主計局ともごく内々に相談していたが、結局日の目を見ることはできなかった。その経緯については、近く農政調査委員会から発刊される「コメ産業と水田農業の展開方向」(EUの直接支払いとコメ政策の変遷に学ぶ~)に記されている。
直接支払いにより生産者に水田作を続けられるようにし、さらに国際競争力を持てるように財政負担はどのくらい必要かという試算に関しては、すべての農地に直接支払いしても4330億円で済むと試算している識者もいる。つまり現在支払われている主食用米からの転作助成金に少し上乗せした程度の負担で可能なのである。
「WTOの発足当時、EUは直接支払いの導入・拡充により内外価格差の解消と輸出拡大に結び付いた。一方、日本は直接支払いが見送られ、1995年以降、28年間にわたって、生産調整が強化され、コメ消費・生産減が加速化し、自給率が低下した。その結果、1995年と比べコメの需要量と生産量は250万t減少し、カロリーベースの自給率は43%から37%に低下した」。WTO後の政策の違いによりEUと日本ではこれだけの差が付いたのである。
生産者の所得確保は直接支払いで営農可能にして、コメの価格は市場に任せることによって、国際的な競争力を持たせる。その際、特に機能性を持った公的な市場「現物・先渡し+先物清算市場」を設立し、産業インフラを整えることで、生産者はもとより流通業者・実需者・消費者にも大きなメリットをもたらすだけでなく、産業として蘇るのである。
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