貧しさと過重労働からの解放を願って【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第280回2024年2月29日
1936(昭11)年、2.26事件の起きる直前、山形で農家の長男として生まれた私は、満一歳になったころから祖父母といっしょに寝るようになった。妹が生まれたので父と母といっしよに寝ていた部屋から離されたのである。あのころはそれが普通だった。
「ああ、極楽、極楽」
寝床に入り、手足をゆっくり伸ばした後、祖父がこんな言葉をつぶやく。1歳下の妹が生まれてから祖父と祖母の真ん中に寝せられようになっていた幼い私は、それを聞きながら目をつぶる。
私と10ヶ月違いで宮城県南で長女として生まれた家内もそうで、2歳頃に祖父母といっしょに寝るようになった。
家内の祖母は、幼い家内をだっこして寝床に入ると、次のようなことをいつも言っていたという。
「世の中に 寝るこそ楽は なかりけり 浮き世のバカヤロ 起きて働け」
その昔は寝るのだけが楽しみだった。電気や石油、機械等がなく、生産はもちろん生活のすべてにわたって手・足・肩・腰等々全身を動かして朝早くから夜遅くまで働かなければならなかった時代、寝るときと食事、お茶の時間以外は働きづめだったと言ってよい。だから寝るのはまさに極楽だったのである。
だけど農民は、年寄りも含めて、不満も言わずに身体の続くかぎり働いた。昔は死ぬまで働くのが当たり前だった。むだ飯を食うほどの暇と金がなかった。働けなくなったら本当に身の縮むような思いでいなければならなかった。
それだけ働いても、またつましくしても、暮らしは苦しかった。ましてや地主に収穫量の半分も小作料として納めなければならない小作農の生活は惨めなものだった。戦後の農地改革で小作料は取られなくなったが、それでも貧しさは変わりなかった。
私が東北大学に入学した1954(昭29)年の晩秋、子どもをおんぶした農家の若い母親が東北大学の大学病院の門をくぐった。岩手の山村の医者からの紹介状を読み、子どもを診察した医者は、このまますぐに入院させるように言った。母親は家に帰って相談してくると答えた。医者は言った、このまま帰れば子どもの命はないのだと。母親は子どもをぎっちり抱きしめながら、目を伏せて、やはり家に帰ると言う。医者は何度も何度も説得した。最後には怒鳴りつけた。しかし態度は変わらなかった。
母親はまた子どもをおんぶして門から出て行った。うつむいて一歩一歩地面を踏みしめながら歩くねんねこ姿の彼女はとても小さく見えた。
農家は貧しかった。しかも国民健康保険もない時代、遠い仙台まで汽車賃をかけてまた来て入院させるお金などなかった。近くの医者に診てもらうことすら大変だったのだ。しかも当時の農家の嫁は家での発言権もない。入院するしないを決める権利もなかった。
彼女の姿を大学病院で再び見ることはなかった。入院させる金がないということになったのかもしれない。子どもが死んだからなのかもしれない。
この一部始終を見ていたのが、当時東北大学付属高等看護学校の学生で病院実習に来ていた私の家内だった。
自分の力で自分の子どもを救えず、涙も流せなかったその母親を見たとき、世の中をもっとしっかり見つめていかなければと考えたと言う。
こうした貧しさと過重労働からの解放、これが農家の子どもであった私の願いだった。その願いを実現するためにもっと学びたいと入学したのが、東北大学だった。
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