(384)本当の「不平等状態」改正【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2024年5月17日
「安政の不平等条約」改正はかなり後になってから…と歴史では習いました。そのとおりです。しかし、前回のコラムで紹介した文献*1は興味深い歴史を示しています。
中学の歴史では「安政の不平等条約」改正は明治時代の大きな出来事とされている。まず1894年の領事裁判権(治外法権)の廃止である。相手国は英国、そして時の外務大臣は陸奥宗光である。改正の結果、日本国内で罪を犯した外国人を日本の法律により裁けるようになった。
1894年4月2日に交渉が始まり、同年7月16日に領事裁判権を撤廃する日英通商航海条約が調印された。直後の7月19日に日本海軍初の連合艦隊が編成され、その後、7月25日に日清戦争が始まる。日本と当時の清国が相互に宣戦布告をしたのが8月1日、この日清戦争終了は翌1895年である。ここでは日清戦争直前に「安政の不平等条約」の重要2項目のうち1つが改正されたことを覚えておきたい。
関税自主権回復には1911年までかかる。同年2月21日、日米通商航海条約が調印される。発効は4月4日、ようやく不平等条約が改正となる。外務大臣は小村寿太郎である。
ここまでは多くの人が学んだ話である。国際条約の観点から見れば、これで日本の不平等条約は改正されたことになる。
ところが、先週のコラムで述べたサブマリン(海底)・ケーブルの歴史を読むと、そう単純ではない。実は、1871年、明治4年の段階で、既にロシアのウラジオストクと長崎の間にはサブマリン・ケーブルが敷設済であったようだ。このケーブルを敷設したのは誰か。デンマークのコペンハーゲンから大陸ロシアの陸上ケーブルに加え、ウラジオストクから長崎までをサブマリン・ケーブルで接続していた会社である。英語名をGreat Northern Telegraph、日本語では大北電信会社という。現在では電気通信事業は止め、補聴器や音響機器などの会社(GN Store Nord A/S)として知られている。
国際環境激変の中で、日清戦争当時の日本は国際的な電信線を自前で確保する必要があった。例えば、九州の呼子(佐賀県北端部)から壱岐・対馬を経て朝鮮半島の釜山までのケーブル敷設などである。従来ルートは全てロシア領を通るからだ。
自前ルート確立には外国企業によるケーブル敷設の独占権の問題、さらに議論となったのがこのケーブルの陸揚権という問題である。詳細は石原の著作に詳しい。
欧米人との国際交渉とくに契約文言の解釈や運用は、日本人には昔から難しい。基本的に性善説の立場を取り、日常生活で用いられる簡単な売買契約や賃貸借契約に至るまで現在ですら「この契約に定め無き事項が生じたときは...」という文言を多用している。誤解を恐れずに言えば、「定め無き事項など無くすために『契約』を締結する」くらいに考えた方が良い。だからこそ海外ビジネスの契約書は分厚くなる。
話を戻すと、こうした「契約」とその文言を自由に使う国際交渉力の圧倒的な違いが、100年前ですら存在した。普通に考えれば屁理屈のような内容でも国家や企業の利権を伴う主義主張として、当時のパワーバランスの中でやむを得ず受け入れざるを得なかったということがわかる。その結果、相手側に「無期限で」重要な権利(ケーブルの陸揚権)を取得されたのである。これが「通信の不平等」状態である。この状況を回復するため、明治・大正・昭和にわたり日本の技術者たちの凄まじい努力が継続した。
1969年、長崎~ウラジオストク間の海底ケーブルが完全に廃止され、代わりにナホトカ~直江津間の日本海ケーブルの運用が始まる。1871年から実に99年、「長崎のくびき」とも言われた「通信の不平等」状態はようやく解決されたのである。現在では世界中の海底に日本製のケーブルが敷設されるようになったが、それはその後のことである。
* *
「技術と契約」、現代においても活かさなければならない貴重な経験です。
*1 石原藤夫『国際通信の日本史-植民地解消へ苦闘の九十九年』、1999年。
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