キクの周年安定生産を可能にした「夏秋(かしゅう)ギク」の育成【花づくりの現場から 宇田明】第36回2024年6月13日
母の日が終わると、暖地では植え替えがはじまり、高冷地からの出荷にきりかわります。
ほとんどの切り花は、南北に長い国土を利用して暖地から高冷地への産地リレーにより周年生産されています。
しかし、切り花生産量の40%を占めるキクだけは、暖地で周年生産が可能です。
キクは、皇室の紋章に使われていることから日本原産のイメージが強いですが、遣唐使などが中国から不老長寿の薬草として持ちかえった渡来植物です。
また、現在切り花として栽培されているキクは、江戸時代に日本からヨーロッパに渡り、米国で改良され、大正時代末期に逆輸入された品種を起源としています。
1920年に、米国のGarnerとAllardにより、植物の日長時間に反応する性質(光周性)が発見されました。
1930年代には、短日植物のキクの日長を調節することで花の咲く時期をコントロールする周年開花技術が開発されました。
遮光して昼間の時間を短くすると花が早く咲き、電照して昼間の時間を長くすると花が咲かずに栄養成長を続けます。
日本では、1928(昭和3)年に遮光栽培(シェード栽培)、1938(昭和13)年に電照栽培がはじまっています。
キクは、秋に花が咲きますが(秋ギク)、江戸時代には晩春から初夏に咲く夏ギク、初冬に咲く寒ギクが見つかっていました。
欧米では、日長に反応しやすい秋ギクを電照して1年中花を咲かせる周年栽培がおこなわれています。
日本では、秋ギクは夏に高温で開花が遅れ、品質が低下するので、暖地では秋ギクによる周年生産が困難でした。
そのため、夏は高冷地、秋~冬~春は暖地が分担して秋ギクの周年生産がおこなわれていました。
長野県の小井戸直四郎は、昭和初期から長い年月をかけて、高温期の7月~9月に開花する品種を育成していました。
旧野菜・茶業試験場の川田穣一らは、小井戸の品種の「これ以上日長が長くなると開花しない限界日長」を調べました。
その結果、限界日長は秋ギクの14.5時間に対して、17時間であることを突き止めました。
すなわち、小井戸が育成した品種は電照で17時間以上の日長にすると開花を抑制できることがわかりました。
さらに、夏の高温下でも遅れずに正常に花が咲く高温開花性を持つこともわかりました。
川田らは、1988年にこれらのキクを、これまでと異なる日長反応をもつキクとして「夏秋(かしゅう)ギク」とよぶことを提唱しました。
夏秋ギクの育成で、7月の新盆、8月の旧盆、9月の彼岸というキクが絶対的に必要な時期に、電照で開花を調節することで、安定供給ができるようになりました。
さらに、秋から春にかけての2作は秋ギク、夏の1作は夏秋ギクを用いて、同一ハウスで年に3作する世界に例を見ない日本独自のキクの周年生産体系が確立しました(図)。
その結果、愛知県田原市(渥美)、福岡県八女市、鹿児島県枕崎市などにキクを周年生産する大産地が生まれました。
白ギクを葬儀の祭壇やお墓、仏壇にお供えするのは、日本古来の伝統・文化ではありません。
戦後に定着した新しい文化です。
それまでは白木祭壇であり、榊(さかき)や樒(しきみ)などをお供えしていましたが、経済成長とともにきらびやかになり、生花で祭壇を飾り、供花を贈るようになりました。
結婚式は大安の週末に集中しますが、早くから日時が決まっているので、つかう花材を準備することができます。
葬儀はいつあるかわからないので、業者はつねに花材を準備しておかなければなりません。
農産物であっても需要を無視して生産をすることはできません。
一方では、安定した生産が需要を生むことがあります。
葬儀のキクはその代表です。
夏秋ギクを育成したことで、おなじ草姿、品質、規格で1年中、安定して入手できるキクは、つねに花材の準備が必要な葬儀業者に歓迎されました。
周年安定生産によりキクは、葬儀、仏花という大きなマーケットを手に入れることができたのです。
しかし時代は変化します。
キクは葬儀の花というイメージが固定しすぎた結果、慶事や贈り物には嫌われるようになりました。
葬儀が家族葬などで簡素化し、墓参りが減り、キクの需要が急激に減少しています。
花産業の米であるキクは、転作による生産調整と新たな需要の開拓が急務です。
重要な記事
最新の記事
-
「良き仲間」恵まれ感謝 「苦楽共に」経験が肥やし 元島根県農協中央会会長 萬代宣雄氏(2)【プレミアムトーク・人生一路】2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(1)2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(2)2025年4月30日
-
アメリカ・バースト【小松泰信・地方の眼力】2025年4月30日
-
【人事異動】農水省(5月1日付)2025年4月30日
-
コメ卸は備蓄米で儲け過ぎなのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2025年4月30日
-
米価格 5kg4220円 前週比プラス0.1%2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間にあたり】カビ防止対策徹底を 農業倉庫基金理事長 栗原竜也氏2025年4月30日
-
米の「民間輸入」急増 25年は6万トン超か 輸入依存には危うさ2025年4月30日
-
【JA人事】JAクレイン(山梨県)新組合長に藤波聡氏2025年4月30日
-
【'25新組合長に聞く】JA新潟市(新潟) 長谷川富明氏(4/19就任) 生産者も消費者も納得できる米価に2025年4月30日
-
備蓄米 第3回は10万t放出 落札率99%2025年4月30日
-
「美杉清流米」の田植え体験で生産者と消費者をつなぐ JA全農みえ2025年4月30日
-
東北電力とトランジション・ローンの契約締結 農林中金2025年4月30日
-
大阪万博「ウガンダ」パビリオンでバイオスティミュラント資材「スキーポン」紹介 米カリフォルニアで大規模実証試験も開始 アクプランタ2025年4月30日
-
農地マップやほ場管理に最適な後付け農機専用高機能ガイダンスシステムを販売 FAG2025年4月30日
-
鳥インフル 米デラウェア州など3州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入停止措置を解除 農水省2025年4月30日
-
埼玉県幸手市で紙マルチ田植機の実演研修会 有機米栽培で地産ブランド強化へ 三菱マヒンドラ農機2025年4月30日
-
国内生産拠点で購入する電力 実質再生可能エネルギー由来に100%切り替え 森永乳業2025年4月30日
-
外食需要は堅調も、物価高騰で消費の選別進む 外食産業市場動向調査3月度 日本フードサービス協会2025年4月30日