80年代のむら見直し論の評価【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第296回2024年6月20日

地域の自主性、自立性の重視、そのこと自体はいいことである。1960年代の第一次農業構造改善事業のような地域の実情を無視した画一的、形式的、官僚的な事業の強制を反省するのは当然のことであり、地域性を無視して、地域に住む人たちの意向を無視して、農業生産の発展はあり得ないからである。また、過疎化・混住化の進む中でむらを立て直していく必要もある。
しかし、80年代前後から政府が言い始めたむらの機能重視は本当に地域農業の発展という視点から打ち出されたものだろうか。農民の要求を抑えて国の方針をうまく遂行するために地域というものを見直そうということでしかないのではないか。何かうさんくさい。疑り深い私はついついそんな風に考えてしまった。
そして次のようなことを当時論じたものだった。
江戸時代から第二次大戦後まで一貫して、政治権力は地域の自立性,むらのまとまりと統制力を通じてその意向を伝達し、それに従わせてきた。ところが今は農民の異質化.多様化等のなかでそれがなかなかうまくいかなくなってきた。そこで改めて、かつて存在した、あるいはいまだ残存しているむらの統制力を再編復活させ、それにもとづいて農民の要求を抑え、政策が貫徹できるようにしよう、これが地域重視、むら=集落の見直しの本質ではなかろうかと。
行政機関はこの集落の利用ということを1970年から始まる米の生産調整政策達成の過程で学んだ(のではなかろうか)。
当時は、すべての集落に区長等の役員がおかれ、それは市町村役場と集落をつなぐ行政の末端機構としての役割をはたさせられてきた。そして区長等の多くは、役場から金をもらって(もちろん「はした金」だが)役場の仕事の一部をやっているので、自分は行政の末端機構の一員である、したがって行政の言うことに従がわないわけにはいかないと考えている。それをよく知っている市町村はこうした集落役員や有力者を集めて米の生産調整はやむなしとして説得し、その上で個別農家への割当てを区長等を通しておろす。それで彼らは、目標消化で集落をまとめよう、それが行政の末端の自分の任務だと考えて積極的に動く。そして集落の集会等でこの割当てをどう消化するかが話合われる。そうすれば、区長の立場もあろうとか、道理もあるとか考え、やむなく協力しようという農家もでてくる。こうしたなかで集落内に生産調整協力の雰囲気がでてくると、自分だけ協力しないでいることはよほどの決意がないかぎりできなくなる。自分だけ得をするつもりか、集落のまとまりを乱すのかと周囲から冷たい目でみられ、集落内で孤立する恐れがあるからである。この農家同志の相互監視にはとても耐えられない。生産調整協力の理由の調査でも「集落内で何となくきまり、孤立するのがいやだから」協力したという答えが多かったことはそれを示している。かくして集落全員協力ということになり、目標が達成される。つまり行政の末端機構としての役割をはたさせられている集落、そしてその集落に残存するところの「損するときはみんなで」という平等意識、集落結束意識、粗互監視機能、また義理人情、それにもとづく個の規制というむらの論理が、目標達成の一因となったのである。
このように集落をうまく利用すれば行政の意向が貫徹できる。そこで改めて集落の機能を見直し、それを再編強化して政策遂行の基盤としようということになったのではないだろうか。
前にも述べたように、村落の諸機能は個々では自立し得ない低位生産力段階の農家を補完するものとして必要不可欠のものであり、必然的に生まれたものである。個人の自立,発展をおさえるという問題はあったが、みんなが生きていくためには、生産と生活を成り立たせるためには、やむを得ない必要悪だった。存在するものにはそれなりの存在理由があるのである。
このことを理解せず、農村外部の人間がむらは古いものだ、よくないものだなどいうと無性に腹が立つ。もちろんむらの人間が悪口を言うのは、自分で自分のことを言うのだからかまわないが(次回に続く)。
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