コメ閣僚会議と多面的機能 【小松泰信・地方の眼力】2025年6月4日
「炊きあがりほのかに選挙の匂いする」(朝日新聞・6月3日付、朝日川柳より)

コメは売るほどありますよ
NHKニュースおはよう日本(6月4日7時台)は、日本向けのコメ生産に力を入れている海外の動きを報じた。
タイのコメ輸出企業では、さまざまなタイ米を集めて食感や風味を測定し、日本人好みのコメを厳選している。昨年1年間の日本への輸出量は250トンだったが、今年は1月から3月までの3カ月間で800トンを輸出している。同社CEOは、「一度タイ米を試してもらえば、商品の品質は信頼してもらえると思う。今後、日本各地で試食会を開催するなどして日本の人たちにタイ米を味わってもらいたい」と語っている。
米国カルフォルニア州では、1区画20ヘクタールの水田に小型飛行機から種籾を播いている。同州のコメ農家の平均的耕作面積は161ヘクタールで、日本の約80倍。生産コストは日本の7分の1。「カルフォルニアは非常に平たんで開けていて、土壌もよく、コメ作りに適した気候に恵まれている。日本ではコメが不足していると聞く。カルフォルニア米を価値ある供給先と見てくれていることをうれしく思う」と語るのはコメ協同組合の理事長。
コメ閣僚会議の課題
石破茂首相は6月2日の参院予算委員会で、コメの安定供給に関する閣僚会議を立ち上げると表明した。5日にも初会合を開く模様である。おそらく、食料安全保障やコメの生産調整の見直しなどが主要なテーマとなるはずである。
信濃毎日新聞(6月4日付)の社説は、同会議の立ち上げを生かして、「コメに関する積年の課題を掘り下げ、実効性を伴う改革に道筋を付けることができるかが問われている」と記している。
石破政権としては、小泉進次郎農林水産大臣が注目されている勢いに乗って、同会議を設け、改革姿勢を前面に夏の参院選を有利に運びたい狙いもあるだろうが、「安定供給の実現には、農家や農地の減少といった生産基盤の弱体化、半世紀にわたる国主導の生産調整の弊害など、構造的で複雑な課題が横たわっている現実」を忘れてはならいとクギを刺す。加えて、「急ごしらえの閣僚会議だけで太刀打ちできる問題ではない」として、腰を据えて取り組める体制づくりの重要性を強調する。
さらに、「増産に転じてコメが余った場合は逆に暴落し、農家の経営が打撃を受ける恐れがある。安定供給の確保には、価格が下落した時も営農を維持できるよう生産者への直接支援も欠かせない」と指摘するとともに、「その対象や方法をどうするか。小規模農家も含め幅広く支援するのか、生産性の高い規模の大きな農家に絞るのか」といった難題も提示する。
農業予算の拡充を求める声の強まりに関しても、「巨額の予算も安定供給を保証しない。効果を見極めた政策の選択が求められる」と冷静な対応を求めている。
農政改革の四本柱
『サンデー毎日』(6月15-22日号)で鈴木哲夫氏(ジャーナリスト)は、首相側近の言として石破、小泉、両氏が「農政の方針転換、大改革に本腰を入れるハラを決めている」ことを伝えている。その改革概要はつぎの⒋項目。
①減反を見直し、コメを増産する。食料安全保障の観点から備蓄米を増やす。
②増産した良質のコメは、積極的に海外に輸出する。
③増産によってコメ価格が低下した場合の農家への補償を検討する。
④流通ルートを多様化し、新規参入を促す。
これらを軸に、6月の政府の骨太方針に「農政改革像」を書き込み、参院選の公約に盛り込むことも検討しているとのこと。
鈴木氏は、コメの価格が落ち着いた後の第2ラウンドを「石破首相の農業政策の最大のヤマ場」と位置付けているが、この閣僚会議がヤマ場のひとつとなることは間違いない。
小泉農相への注文
当然、小泉氏は当該閣僚会議のキーマンのひとりである。
日本農業新聞(6月4日付)の論説は、小泉氏の姿勢に理解を示しつつも、「生産者にとって価格が今後、暴落すれば再生産はできなくなる。消費者目線だけではなく、中山間地域を含め多様な農業形態に配慮した農政を求めたい」と訴える。
「米がこれほど話題に上るのは、主食としていまだに健在である証しだ」とした上で、5キロ2000円という安値に引っ張られて、「再生産価格を割り込む事態となれば、農家の減少にますます歯止めがかからなくなるだろう」と警告を発し、「国民に主食を安定供給できる体制構築」こそが急務であることを強調する。
石破氏が参院予算委員会で「生産コスト削減などの努力を前提に、農家に対する所得補償に前向きな姿勢を示した」ことを受け、「適正な価格形成と所得補償の両輪で、多様な担い手が農業に希望を持って参入できる環境整備」を求めた。この環境整備は、小泉氏が語る、「生産者の皆さんが意欲を持って農業に従事できるということを達成する」ためにも不可欠な取り組みである。
多面的機能の創出を忘れるな
「スイスの美しい山に囲まれた集落が、土砂にのみ込まれて、一面灰色に覆われた。引き金になったのは氷河の崩落だ」で始まるのは信濃毎日新聞(6月4日付)のもうひとつの社説。地元メディアによれば、麓の集落の90%が岩や砂にのみ込まれ、男性1人が行方不明になったとのこと。崩れた氷河や土砂は約300万立方メートルとみられるそうだ。
アルプスの氷河は近年の温暖化で急激な後退が指摘されている。
社説子は、「温暖化は平穏な暮らしや健康といった人権を脅かす問題だ。(中略)スイス政府だけの問題ではない。日本を含め温室効果ガス排出量の多い先進国は、温暖化が人権侵害につながるとの認識を持って対策を強化すべきだ」と訴えている。
図らずも、同紙の社説はコメ閣僚会議とスイス氷河崩落の二本立てだったが、農業が創出している多面的機能を念頭に置いて読むと極めて示唆的な組み合わせである。
コメ粒は輸入できても多面的機能は輸入することができない。ゆえに、この国において多面的機能を未来永劫創出するためには、未来永劫稲作という営みは不可欠、だからだ。
「地方の眼力」なめんなよ
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