(438)食と金融における「余白」と「ゆらぎ」【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年6月6日
世の中、いろいろなところで「余白」が無くなりつつあります。「余白」の喪失は「食」にとって最も重要な「豊かさ」の喪失につながるのではないでしょうか。
ここで言う「余白」は、機能・効率・栄養・目的・スピードなど、現代の主流的価値観の枠からこぼれ落ちる部分である。個々人の経験の中で、例えば、誰かの料理が妙に記憶に残る...、あるいは特定の行事の際に必ず食べる料理があるとしよう。栄養的にはさほどでもないのに、子供の頃から好きなお菓子など、誰にも一つや二つは思い浮かぶのではないだろうか。これらは先に述べた指標では測れない。なぜなら、祖父母が作ってくれた漬物や、母が握ってくれたおにぎりであり、幼い時に友達と一緒に食べたお菓子だからこそ、そこに愛着や感動、なつかしさなどの「意味」を備えるからである。
これに対し、極端な例だが、戦場や緊急時などで求められる食は徹底的に「余白」を削ぎ落し機能に特化したものだ。必要な栄養を最小限で供給し、疲労回復に役立つ。これこそが目的となるため、極限状況での「食」は単純な栄養摂取や消費行動となり、そこに効率性などの基準からはずれた「意味の余白」は存在しない。
難しいのは「意味の余白」の程度が、かなり個人差があり、置かれた状況・文脈などに大きく依存するという点だ。多忙なビジネスの合間に取る食事では「効率と確実さ」こそが重要要素となるが、休日に家族と囲む食卓では「余白」はかなり量が多くても歓迎されるであろう。言い換えれば「ゆらぎ」の程度が広がる訳だ。ここで言う「ゆらぎ」とは、計画や効率に縛られない「余白」や「遊び」である。
「ゆらぎ」が大きければ、その幅を起点に会話や人との関係が深まり、人間味や心地よさにつながる。現代では最短時間で最適解を求める生成AIも、将来は意図的に「ゆらぎ」を備えたプログラムが完備されて行くであろう。こうした「意図的なゆらぎ」は高度なセンシング技術とデータ収集により、例えばロボット・シェフが、日々変わる家庭の味を微妙なズレを含めて再現できるような時代がくるかもしれない。
技術的にそうした再現が可能になった際の最後の問題は、「意味」の「背景」を感知できるかである。例えば、ある人の手が震えた場合、それが疾病によるものか、何かに感動して震えたのかをAIは明確に区別できるかどうかだ。行為としての震えは感知・再現できたとしても、もう見つからないと思っていた記念の小物が偶然見つかったときの感動で手が震えたような場合、明確に人間とAIの差が生じるのではないか。これは、同じ漬物でもそこに「意味」が付いているか否かの違いに通じるものがある。
ところで、やや話題が逸れるが、金融機関では顧客に融資をする場合、財務諸表や信用評価スコア、担保評価などに基づくスコアリングによる定量的評価を実施している。これはまさにAIの得意分野であろう。公平・迅速・大量処理が可能であり、とくに日々の小規模融資の審査では大きなメリットがある。
一方、ベテランの融資担当者はスコアだけで相手を評価しない。極論を言えば、全く同じスコアでも、人により融資の可否が異なる。そこには先に述べたような「ゆらぎ」が生じる。長年の取引、誠実な対応、周囲や地域の信頼など、解釈に幅があるからだ。格好よく言えば、AIは融資できるか否かを判断するが、ベテラン担当者は融資すべきか否かを判断する訳だ。そこに金融機関ならではの文化があると考えられる。
完全解を求めず、実は一定の「ゆらぎ」を意識的に残しておくことこそが豊かな文化の生成につながるのではないか。
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AIと人間が何を一緒にできて何ができないか、共創という点から考えるのも興味深いですね。
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