お歯黒、ちょん髷【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第359回2025年10月9日

かなり前になるが、家内が私にこんなことを言ったことがある、幼いころ家内を育ててくれた本家の祖母は「お歯黒」をしていたと。
そう言われて私も思い出した。私の祖母もしていた。とはいってももうはげかかっていたが。私が生まれたころ(昭和初期)はお歯黒の塗り替えなどはもうしなくなっていたのだろう。
ご存じのように、女性が結婚すると歯を黒く染めるという風習が江戸時代にあり、明治末期にはほぼなくなったと言われているのだが、昭和初期まで一部に名残りが残っていたのである。
「それでは」、と私が家内に聞いてみた。
「『ちょん髷』を結っている人を見たことがあるか」と。
「見たことがない」と言う。
当然のことである。明治維新のとき断髪令が出されて禁止されたからである。
江戸時代の風習の一つのお歯黒は禁令が出なかったので、維新後も女性に一部残ったが、男性のちょん髷は禁令が出たので残らなかったのである。
ところが私は、昭和生まれなのに、ちょん髷を結っている人を見たことがあるのである。
太平洋戦争の終わった後、私の中学2年、1950(昭25)年の夏休みの終りころだったと記憶しているのだか、家の前の道路に何かの用事で出たら、腰の曲がった本当に小柄なお年寄りが一人、当時の農家の男性が普通に着ていた短めの袖無しの着物を上に着、下は股引(ももひき)をはいて、杖を突きながらゆっくりと歩いてきた。
ふとその人の頭を見たら、何と、その白髪頭には「ちょん髷(まげ)」があるではないか。
映画や写真、絵などで見たことはある。しかし、本当に髷を結っている人を見たことはなかった。
驚いた。江戸時代の人の姿を、明治・大正を飛び越えて昭和のしかも戦後の時代に、まともに見たのである。
家の前を通り過ぎるのを黙って見送った後、あわてて家に入り、たまたま家にいた祖父母にその話をした。そしたら笑いながら言う、近くの山の麓の村の農家の人で、明治政府による「断髪令」が出ても、断固としてちょん髷を切らず、今もがんばって結っている変わり者として有名な人なのだと。
後でわかったのだが、断髪令には罰則はなかったとのこと、それで髷を切り落とすのを拒む人もいたと言う。このお年寄りもそうだったのだろう、拒んだ理由はわからないが。
なお、お歯黒についてはとくに禁止令もなかった。それでかなり後まで残ったのだろう。
それはそれとして、ともかく私は驚いた。ちょん髷などというのは映画や本のさし絵、相撲でしか見られない江戸時代、明治維新以前の話、遠い遠い昔のこと、それを今見る、驚くのは当たり前、本当に不思議だった。
しかし、考えて見たらおかしくはない。明治維新は、そのちょん髷を私が見た1950年前後からすると、約75年前でしかなかった。そして80年前は江戸時代だったのだ。
今私は90歳、私の生まれた1930年代半ば(昭和初期)は、私には遠い時代の話ではない。しかし、考えて見ればもう80年近くも前の話なのだ。今の子どもたちからすると、私の生まれた1930年代、戦前や太平洋戦争の時代などと言うのは、私にとってのちょん髷時代、西南戦争くらいに遠い昔の話なのである。
まさに「今は昔」、今はもう遠い昔のことでしかないのである。
その昔のことまで私はこれまで語ってきたのだが、また疑問になってくる、こんな昔話をして何になるのだろうかと。私と同世代、近い世代ならなつかしく思うかもしれない。しかし若い人からすれば、私にとっての江戸時代の話を聞いているようなもの、もうこんなことは語ってもしかたのない、何の役にも立たないことかもしれない。
そもそも「昔は昔、今は今」なのである。昔と今はまるっきり違うのであるから、昔がこうだった、ああだったなどと語ってもしかたのないことなのかもしれない。
ついついこんな疑問をもってしまう。
しかし、と、また考え直したくなる。昔のことから学ぶべきこともあるのではなかろうか、いいことも悪いことも。
たとえば昔の人の知恵と工夫、これは科学技術の基礎であり、学ぶべきことはいまだに多々ある。私たちの暮らしの面でもそうだ。2011(平23)年の東日本大震災などはそれを考えさせたものでもあった。とすると、昔のことを語り継いでいくことも必要なのではないか。もちろん役に立つかどうかなどはわからないし、役に立たないものがほとんどだろう。しかし役に立たないことも、無駄も必要なのだ。
悪いことはもちろん引き継がず正していく、二度と起こさないように、起こらないようにしていく。悪いこと、間違ったことなど思い返すのもいやだが、こうしたことをきちんと見ない、反省しない、ここからさまざまな誤りも出てくるからだ。たとえば、わが国の引き起こした侵略戦争、アジア諸国民に与えた被害を、いかに苦しくとも、はっきり見て、きちんと反省していかなければならない。それをしなければ、隣国との問題を複雑にし、解決をかえって困難にする。これなどはその典型例だ。
そんなことからこれまでいろいろと私的なことまで含めて書かせてもらってきたのだが、書き落としたことがまだ多々あり、また私も何とか元気でいる。そこで「今は昔」の話をもう少し書き続けさせていただこうと思う。農業、農村と直接かかわりのないことに触れることになるが、これも農業・農村を取り巻いていた情勢の一つだと思って見ていただきたい。
話がそれてしまったが、次回はまた、頭髪の話をさせていただく。
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