(462)穀物が育んだ人類の知恵【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年11月21日
前回に引き続き、小麦・コメ・トウモロコシについて、文明・文化・産業という視点から少しだけ掘り下げてみたい。
パンの元となる小麦の原産地は、「肥沃な三日月地帯」(現在の中東地域)と言われている。少し広く考えれば西アジアの半乾燥地帯である。
最初期の野生小麦を当時の人々がどう活用したかは本稿の射程外だが、小麦栽培が当時の農耕と食の中心となった理由は想像しやすい。小麦は、保存性が高く、加工と輸送が比較的容易であったからである。現代の視点で見れば市場適合性が高い。
古代メソポタミアでは、小麦粉を水でこね焼いていたようであり、これがパンの原型と考えられている。時代が下がるにつれ、小麦製品は数多く作られ、日本にも戦国時代の鉄砲と同時期にパンが伝来したようだ。明治維新後も含め、パンやパン食は、「発展している海外の近代文明の象徴のひとつ」として見られていたように思われる。
これに対し、アジアのコメは現在の中国南部が原産地とされている。東アジアでの稲作は、一言で言えば「共同体を維持する技術の体系」として構築されていく。小麦栽培と稲作における技術上の最大の違いは、水の管理である。
小麦は半乾燥地帯で雨水中心の栽培が可能なため、作業としては土地の耕起や雑草管理など畑地管理が中心となる。これに対し、コメは、水田を作り、そこに水を入れ、成長段階に応じた水の管理が必要となる。こうした作業は一人では終わらない。いわば、共同体による徹底した水管理システムが大前提の栽培システムである。
極端に言えば、小麦栽培は自分の農地だけで完結しやすい。しかし、稲作では水路網の共同管理・整備が必須となる。こうした栽培手法の違いが個人主義と集団主義の原点になったのかもしれない。
土地の水をどう管理するかという点を踏まえれば、稲作は必然的に自然環境に応じた地域固有のノウハウを生む。これが、画一的な技術だけでなく、地域の特性に応じた生産・管理方法、つまり文化を形成することになる。
トウモロコシは、小麦とコメの両方の特性を持つだけでなく、ひとつの産業分野を確立させた穀物でもある。20世紀米国の発展は、石油や自動車などに象徴されるが、食用・飼料用・工業用という形で新たな用途と広大な市場を生み出したトウモロコシは、農業分野における米国型資本主義が最も成功したモデルであると考えられる。
さて、最後にこれら3つの穀物に共通する特徴を合理性(rationality)という概念を用いて考えてみたい。古代ギリシャの時代から、人は理性による真理探究を継続し、近代になると社会学・経済学などでは最適選択としての合理性という概念が確立した。現在ではさらに限定合理性などの概念に発展している。
この枠組みで小麦・コメ・トウモロコシを見ると、小麦は市場への適合という意味で市場合理性、コメは地域社会や共同体への適合という意味で社会合理性、さらにトウモロコシは工業用利用などを見ると技術合理性が特徴と言えるだろう。
それでは今後、環境変化と時間の試練に耐えて生き残るのはどの合理性だろうか。市場・社会・技術、いずれも現代人の生活には不可欠である。これまでは圧倒的に市場や技術が優先されてきたが、今後の世界では、人と人、組織と組織、人と組織との関係性、つまり社会合理性が重要になるのではないか。
そう考えると、コメとその栽培体系が長年蓄積した知見から学ぶ教訓は、まだまだ数多く残されているように思う。
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