【農と杜の独り言】第8回 祭りがつなぐ協同の精神 農と暮らしの集大成 千葉大学客員教授・賀来宏和氏2026年1月30日
2027年に横浜で開催される国際園芸博覧会「GREEN×EXPO 2027」(横浜国際園芸博覧会)。国際園芸博覧会にとって「植物」は主役です。
千葉大学大学院園芸学研究科客員教授・賀来宏和氏
36年前に、大阪で開催されたアジアで初めての国際園芸博覧会「国際花と緑の博覧会」(通称:花の万博)は、開催を機に、身の回りに花や緑を飾るガーデニングブームを巻き起こしました。日本経済の驚異的な成長により、豊かな社会が実現し、わが国も、西洋諸国並みに花を愛でる余裕が生まれたと考えがちですが、それは正しくありません。
実は、今からおよそ200年前の江戸後期、わが国は、当時の世界でも最高水準を誇る園芸大国でした。わが国における花に神性を見る信仰は、天孫邇邇藝命の后神である木花之佐久夜毘賣の御神名に象徴されますが、やがて、大陸から渡来した習俗にも影響を受け、季節の花を愛で、慈しむという慣習が生まれます。こうしたたしなみは公家や武士など限られた世界での楽しみでしたが、それが一気に庶民化するのが江戸時代。家康、秀忠、家光の徳川三代の将軍の花好きに始まり、大名諸侯から裕福な町人にまで広がった園芸は、八代将軍吉宗の「花の名所づくり」によって庶民へと大きく広がります。
わが国は、この頃から幕末、さらには明治初期に至るまで、当時の地球上で最も園芸の盛んな国となります。幕末や明治初期にわが国を訪れた外国人が残した多くの見聞記に、その一端が記されています。
例えば、初代の駐日英国総領事として、安政6(1859)年に赴任したラザフォード・オールコックは、西洋人として初めて富士山に登った人物ですが、見聞記『大君の都』の中で、花を相当に栽培している日本の園芸家たちは、売る目的で栽培しているとし、まちにはどんな日でも花売りの姿を見ることができ、また、どのような家庭でも花を求め、毎日欠かすことなく祭壇や墓所に捧げていると述べています。
のちに「トロイアの遺跡」発掘で名を馳せたドイツ人考古学者のハインリッヒ・シュリーマンは、慶応元(1865)年に来日。『シュリーマン旅行記 清国・日本』では、日本人が花や庭を愛好する様子として、どの家にも小さな庭や花壇があり、日本人はみんな園芸愛好家であると記しています。
さらには、万延元(1860)年、観賞植物の探査や収集を目的に英国の王立園芸協会から東洋に派遣された園芸家ロバート・フォーチュンは、その見聞記『江戸と北京』の中で、上陸した長崎の様子を、「住民のはっきりした特徴は、身分の高下を問わず、花好きなことであった」と記し、江戸では「身分ある人びとは、すべて高度の文明人のように花を愛好するので、花の需要は極めて大きい」とする一方、庶民への園芸の広がりに感嘆し、「社会的地位にかかわらず、日本人に共通した特徴はみんな花好きだということである。もしも花を愛する国民性が、人間の文化生活の高さを証明するものとすれば、日本の低い層の人びとは、イギリスの同じ階級の人たちに比べると、ずっと優って見える」とまで書き残しています。また、染井の植木屋の繁盛ぶりを、「私は世界のどこへ行っても、こんなに大規模に、売り物の植物を栽培しているのを見たことがない」と驚嘆しています。
こうした記述は一見、江戸や長崎などの、いわゆる都市での景のように思われますが、フォーチュンは神奈川での旅の様子として、「丘の低地の小地域に散在する農家に立ち寄ると、どの家にもささやかな庭があった」と記し、一軒の庭で見事な菊の品種を見つけたことを述べています。
フォーチュンは同書の中で、折に触れ、日本の農民や農業に触れていますが、特に一章を立てて、風土に適した日本の農業について書いています。変化に富む気候や地質、季節の多種多様な作物について述べ、さらに、夏の作物には2種類あるとして、畑地の夏作と水田の米について詳述。日本の米は、国民の主食であり、飛びぬけて重要な作物であるとし、栽培品種は優良種で、アジアではおそらく最上の品種だと思うとしています。その上で、「日本には、私が今まで述べて来た農産物のほかに、『見た目もよく美味なもの』が沢山ある。そのような日本人が偉大な民族として、国際的に仲間入りをしたことは注目に値する。おそらく世界中で、日本以外に自給自足できる国は他にないであろう」とし、「日本は自国内に生活必需品や贅沢(ぜいたく)品をすべて自給できるだけのものを十分に持っている」と評価しています。
また、当時から輸出されていた絹と茶に触れ、ヨーロッパとアメリカ向けの貴重な輸出品となっていると述べています。
今回の国際園芸博覧会の開催地は横浜。江戸期の長い鎖国の時代を経て、幕末に至り、世界に向けて開国した日本が、近代化に必要な外貨を獲得する原資となったのは、農産物であり、農産加工品でした。当時の日本は、農産物の自給自足を実現し、なおかつ、諸外国へ輸出できる品質を備えた農業大国であったのです。
「園芸」と「農」。直接の結びつきは薄く感じられますが、実は「園芸」は、自然と照応する時空に暮らしていた当時の日本人のたしなみ、日々の営みそのものであり、「農」の姿にも通じるものでした。
ロバート・フォーチュンがもう一度、今の日本を訪れたら、どのような評価をするでしょう。食料自給率は見る影もなく低下した日本の現状を、驚きをもって記述するに違いありません。開国を通じて日本は近代化を達成し、現在の暮らしは、当時と比較して、物質的にははるかに豊かで便利になりました。一方、その過程で我々はかけがえのないものを失ってきたのではないでしょうか。世界に農産物を輸出した横浜だからこそ、日本人にとって大切なものは何かを、今一度、考える機会としてもらいたいと思います。
(2027年横浜国際園芸博覧会農&園藝チーフコーディネーター)
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