【クローズアップ】前田前Jミルク専務に聞く 酪農乳業の過去・現在・未来(上) 禍根残した輸入乳製品管理放棄 カギは業界挙げた需給対応 農政ジャーナリスト・伊本克宜2021年12月9日
酪農・乳業の〈歴史の証人〉である前田浩史・前Jミルク専務に、業界の過去・現在・未来でインタビューした。前田氏は、市場開放に翻弄された歴史とし、20年前の国による乳製品需給調整機能放棄が大きな問題と指摘。業界一丸で今の生乳需給緩和の危機を乗り切り、脱炭素社会に向けた持続可能な酪農・乳業体制構築こそ〈未来への道〉と強調した。(上、下2回に分け掲載)
■生処販〈架け橋〉へ40年
前・Jミルク専務
前田浩史 氏
――40年以上にわたり、生産者団体、乳業メーカーなどミルク・サプライチェーン構築の調整役を担ってきました。印象的な出来事は何か。
やはり、生産から、製造・加工、消費者に届くまでのミルク・サプライチェーンの〈架け橋〉役になってきたことへの充実感が大きい。今後は、単なるサプライチェーンから一歩踏み出し、乳の本来の価値を伝え付加価値を得るミルク・バリューチェーンへと発展することが問われる。
昭和最後の10年、平成の30年、さらに令和と40年以上、酪農乳業界に携わってきた。
スタートは地元・宮崎の酪農団体、さらに全国の指定団体を束ねる中酪で酪農家の視点で経験を積んだ。その後、乳業メーカーとも連携し、業界全体の視点で、生乳、乳製品の需給予測見通しなどを示した。
こうした取り組みは、生処販の〈大同団結〉としてJミルクとして形となった。業界全体が希望と誇りを持ち今後の展望が開ける「酪農乳業将来ビジョン」もできた。新型コロナウイルスに伴う業務需要激減など需給の不安定さもあるが、今は「ビジョン」実践段階にある。
■用途別乳価制度で軌道に
――輸入乳製品との競争の矢面に立った加工原料乳への政策確立が、北海道酪農を成長させ、飲用牛乳主体の都府県酪農との共存にも結び付きました。
歴史的には、乳業メーカーの力が強く、対等な乳価交渉なども目的に、1960年末に加工原料乳補給金等暫定措置法、いわゆる酪農不足払い法をはじめ酪農3法が措置され、日本の酪農は成長期に入った。
不足払い法は大きな効果をもたらした。これまでの不透明な混合乳価から転換し、加工、飲用など用途別の乳価体系が整い価格形成が近代化し透明度が増した。一元集荷・多元販売する指定団体制度で大手乳業と生産者団体が対等に価格交渉できる仕組みもできた。畜産振興事業団による輸入乳製品の一元管理、売買機能など需給調整機能も担保された。
同法が「暫定措置法」と臨時的な位置づけは、北海道酪農が大規模化し外国と対抗できる体力を持つ一定期間と、中小規模が多い都府県酪農の先細りとの見通しがあった。しかし実態は違った。15年程度とされた「暫定」が半世紀にも及び、輸入自由化が進む中でいよいよ抜本的な見直しが迫られる。
■国撤退後の需給調整機能に課題
――国内酪農・乳業の課題は、生産基盤の維持・強化と生乳需給の安定、国民へ基礎的食料である国産牛乳・乳製品の安定供給に尽きます。
国内酪農は自由化、市場開放の歴史だが、その結果として2000年の加工原料乳不足払い制度廃止、事業団による国内産の指定乳製品買い入れ廃止となった。これが、現在に続く需給安定に大きな影響を及ぼす。禍根を残した政策判断だった。
一方で、大きな転換期に当たる過去20年間を振り替えると、他の品目には例のない生産者団体、乳業メーカーらが構成するJミルク設立、規制改革に伴う現行指定団体制度廃止と改正畜産経営安定法施行、2019年秋の今後10年を展望した「戦略ビジョン」策定、さらに現在は、国連の持続可能な開発目標であるSDGsを受け脱炭素、環境重視の動きだ。
1993年のガット農業交渉合意、後継組織の世界貿易機関(WTO)設立以降の国内保護水準(AMS)削減への酪農制度見直しは、大きな転換点になった。市場開放の流れは加速する。2000年の不足払い法改正、広域指定団体発足以降、環太平洋連携協定(TPP)、日EU経済連携協(EPA)、日米貿易協定が相次ぎ発効。2016年には規制改革会議の指定団体制度廃止提言以降の生乳制度改革を経て、2018年4月に加工原料乳不足払い法を包含した新畜安法が施行した。結局、20年前の国による需給機能撤退以降、生乳需給安定は最大の課題となった。
■「戦略ビジョン」成長・強靱・社会性重視
――2019年秋、Jミルクは酪農・乳業「戦略ビジョン」をまとめ、2030年に生乳生産最大800万トンの具体的数字も明記しました。
「戦略ビジョン」で示した800万トンは現行水準から70万トン増と意欲的な数字だ。これを参考に、2030年目標の国の新たな酪農肉用牛近代化基本方針(酪肉近)は780万トンと増産計画を示した。
ただ、今はコロナ禍での需給緩和。ここは生産基盤を維持しつつ、業界挙げて知恵を出し、国産乳製品の需要拡大、生乳生産抑制などで乗り切らなければならない。
「戦略ビジョン」の柱は、成長性、強靱性、社会性の三つ。特に大切なのは「強靱性」だ。これからも酪農・乳業は予期せぬ気候変動、ウイルス感染症、需給変動に見舞われるだろう。この試練に打ち勝つ「強靱」で「柔軟」なミルク・バリューチェーンを生処販一体で強固にしていくことが欠かせない。それが日本酪農・乳業への〈未来への道〉につながるはずだ。
(「酪農乳業の過去・現在・未来」下は近日アップ予定)
【略歴】
前田浩史氏 地元の宮崎県酪連から中央酪農会議事務局長などを経て2011年から日本酪農乳業協会(現Jミルク)専務、21年6月に退任。現在は「乳の学術連合」社会文化ネットワーク幹事。退任後、業界紙の共同会見などはあるが、単独での長時間インタビューは初めて。1955年生まれ、66歳。
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