「明けない夜はない」 自然とともに持続可能な酪農めざす 北海道の浦部雄一さんが最優秀賞 全農酪農経営体験発表2022年11月28日
飼料価格高騰と副産物の子牛価格の下落で「かつてない厳しい状況」と叫ばれる酪農経営--。しかし、言うまでもなく牛乳乳製品という食料の安定供給はもちろん、地域経済の振興にも重要な役割を果たしている産業だ。厳しい状況のなか、11月25日に開かれた第40回全農酪農経営体験発表会では、持続可能な酪農の実現に向けた酪農家の創意工夫と努力が発信された。最優秀賞を受賞した酪農経営を中心に紹介する。
浦部雄一さんとご家族。後列2人は外国人の従業員。
条件不利地で放牧
最優秀賞を受賞したのは北海道別海町の浦部雄一さん(45)の「放牧とフリーストールを組み合わせたゆとりある酪農経営の実現に向けて」。同町のJA道東あさひ管内では526戸が酪農を営んでおり、人口の8倍にあたる11万8000頭が飼養されている。
牧場は1940(昭和15)年に祖父の入植から始まり父が後を継いだ。浦部さんは高卒から10年後の2005(平成17)年に就農し、2014(平成26)年に父から経営移譲を受けた。両親と妻、搾乳と畜舎の清掃を担当する2人の外国労働者を雇用している。
経産牛は130頭を飼養し年間の出荷乳量は1166t。牛が自由に歩くことができ1頭1頭が寝そべることができるベッドがあるフリーストール牛舎で飼養しながらも、5月中旬から10月下旬までは毎日放牧させている。地域には放牧を活用している酪農家はいるが、飼養頭数が増えると放牧地の確保、牧柵の整備、牛の移動など負担が増えることから、80頭を超えると放牧はやめて通年牛舎飼いにすることが多いという。浦部さんのように100頭以上で放牧管理しているのは例が少ない。
ただし、放牧を続けているのは条件不利地域だからという理由もある。草地は175haあるが、川に近く湿地帯が多いため、草地更新をしても雑草が伸びる。また、農地はしばしば泥になってしまい、収穫のための大型機械が入れない。そのため父の代から草地を放牧地として活用し、酪農を営んできた。
起床は朝4時。牛の状態をチェックした後、搾乳を始める。搾乳後の7時半ごろから草地へ牛を連れていき、午後3時まで放牧。牧草の収穫作業がある場合はこの間に行う。午後6時から再び搾乳を行う。
粗飼料は全量が自家産。濃厚飼料は自家調整しTМR(完全混合飼料)として牛に与えている。
目標は牛の健康
浦部さんが就農した当時の飼養頭数は95頭。年間個体乳量は6200㎏だった。それが現在は130頭に増えるだけでなく、乳量も8900㎏へと2700㎏増えた。出荷量は2倍となっている。
目標としてきたのが牛の健康増進と長命連産だ。現在の130床の牛舎は断熱効果と保温に優れることから木造とした。それまでの牛舎では頭数が増えるにつれ過密となり乳房炎も増加、牛にとって安楽性が欠けるとして新築し、放牧の実践に加えて牛舎内での牛のコンディション維持に努めて来た。
牛群管理ソフトや発情発見システムといったICTの活用により、人の目の届かないところまで管理することで繁殖成績も向上、5産以上の経産牛が19.2%と北海道平均の10%を上回り、長命連産を実現している。
地域の支援機関と連携し労働時間などの削減にも努めている。牧草の収穫作業と調製、ふん尿の散布作業はコントラクター(農作業受託組織)に委託しているほか、子牛の哺育と育成はJA哺育預託センターやJA育成センターを利用している。
そのほか酪農ヘルパーは月2回利用して家族で旅行するなどゆとりも確保している。放牧は決して楽なものではなく、作業負担は大きいが、条件の良くない草地の利用法としてこの地の酪農に適し、環境負荷軽減にも貢献できると浦部さんは考えている。
審査委員長の小林信一静岡県立農林環境専門職大学短期大学部生産科学科教授は、高い生産性を実現しているだけでなく休日をしっかりと取るなどワークライフバランスも実現していると評価、審査員のなかには「資材高騰下でも持続可能な経営と農村生活を楽しむ姿は理想的」と評する意見もあったという。
今回は第40回の節目を迎えたことから、発表者には10年後の姿を話してもらった。浦部さんは、生産資材価格の高騰と副産物価格の低迷、さらには生乳出荷抑制という「非常に厳しい局面を迎えている」と現状を指摘、「しかし、明けない夜はない。どのような情勢でも牛を健康に飼うという酪農の本質は変わらない。10年後も環境に配慮した持続可能な酪農経営の実現に向かって家族や地域の仲間、JAなどと力を合わせてがんばっていると思う」と思いを寄せた。
第40回全農酪農経営体験発表会の優秀賞受賞者のみなさん。
前列右から熊本県の桐原さん、香川県の広野さん、
福島県の佐久間さん、群馬県の石原さん、神奈川県の福田さん(審査員特別賞も受賞)。
下ばかり見ないで先を
審査員特別賞には神奈川県川崎市の住宅街で唯一の酪農経営を続ける「大都会のうしやさん 福田牧場ここにあり~都市化の波のなかで家業を守る~」の福田努さんが選ばれた。
父が始めた酪農を守り、酪農教育ファーム認定農場としてポニーやうさぎなども飼う移動動物園を経営に取り込み、子どもたちに酪農と命の大切さを伝えている。しかし、酪農あっての移動動物園との位置づけで乳量、乳質は高い評価。家族と従業員が一丸となったチームワークで酪農を続けている。
大会では記念企画として過去の受賞者によるスピーチも行われた。2014(平成26)年の第32回大会で審査員特別賞を受賞した千葉県野田市の知久牧場の知久久利子さんは地域で組合をつくり江戸川の河川敷で草を育てている。最近では、チーズづくりやヨーグルトづくりも実現。厳しい状況だが「自分でやれることをやっていくしかありません」と語った。
同じく32回大会で最優秀賞を受賞した秋田県由利本荘市の柴田瑞穂さんは現状について、「酪農家がとてつもなく粗い篩(ふるい)にかけられているような状態」で「3か月先すらも見えない厳しさ」と話した。
柴田家の酪農は、祖父が家族に栄養のあるものを食べさせようという思いから始めた。その後、両親が経営の基礎をつくり柴田さんの娘は就農を希望しているという。自給飼料の生産を増やすなど足腰を強くすることが必要だと話し、「下ばかり見ていないで先を見ないと。若い世代が取り組める酪農にしていく」と決意を新たにしていた。
そのほかの発表者(優秀賞)
◎群馬県・石原玄明さん「入植70年で獲得した乳質共励会最優秀賞~ケベック式牛舎での健康環境管理~」
◎福島県・佐久間牧場 佐久間哲次さん
「感謝と貢献~原発事故からの復興と地域の再生」
◎香川県・広野牧場 広野豊さん
「農業を次世代があこがれる職業に! 地域と共に育ち魅力を伝えていく牧場へ」
◎熊本県・桐原将文さん「理想の家族型酪農~人・地域の連携を活かして」
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