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シリーズ:農協のかたち

【太田原高昭 / 北海道大学名誉教授】

2013.05.30 
ライファイゼンと二宮尊徳一覧へ

・美しいドイツの農村
・電力自給率400%の村を訪ねて
・ライファイゼン・シュトレーゼをゆく
・高利貸しとのたたかい
・村づくりのための
広範な協同
・わがためは人ため、人ためはわがため

 ドイツの農村を見てきた。
 ドイツの村々は、政府の脱原発政策による手厚い支援のもとで、エネルギーの自給率アップを競っている。事業主体は協同組合で、名前は「○○ライファイゼン・エネルギー協同組合」というのが多い。
 なぜライファイゼンなのか。それは『村のお金は村へ』というライファイゼンの精神から学んだ『村のエネルギーは村へ』という協同組合運動なのだという。
 街道のあちこちに、ライファイゼンの記念館があることに気づいた。そして日本にも、あちこちに二宮尊徳の記念館があることを思い出した。
 2人の先人には、共通した思想と生き方がある。それは、現代でも時代の要請に応え、最先端で生きつづけている。

◆美しいドイツの農村

 春まだ浅い4月に、村田武さん率いるスタデイ・ツアーに参加して久しぶりにドイツの農村を歩いてきた。ツアーのテーマは「脱原発とライファイゼン」である。この2つがどう結びつくのかはすぐ後に述べるとして、ドイツの農村景観はますます美しさを増していた。
 よく手入れされた農地がゆったりとうねり、道路から見る森林は奥の方まで公園のように掃除刈りされている。そして窓ガラスまでピカピカに磨かれ、チリひとつ落ちていない(ように見える)集落…、所得補償政策の環境手当の充実と「美しい農村コンクール」が、この美観に磨きをかけたのだという。
 そして今、ドイツの農村は政府の脱原発の大方針の下で電力とエネルギーの自給力アップを競っている。私たちが訪れたバイエルン州のグロスバールドルフ村は、人口950人ほどの小村だが、電力自給率400%というモデル村であった。その事業主体になっているのが「ライファイゼン・エネルギー協同組合」なのである。

◆電力自給率400%の村を訪ねて

 家々の屋根のソーラーパネルだけでなく、あちこちにパネルを並べた団地がある。いちばん広い団地の面積は8ヘクタールに及ぶという。風通しの良さそうな丘の上には風力発電の風車が林立している。
 村はずれにはバイオガスによる発電所があり、農家が生産したデントコーンの一割をここに運んで牛糞や豚糞と一緒に発酵させ、メタンガスを燃やしてタービンを回す。余った熱エネルギーは地域暖房に使われ、ガスを発生させた残滓は液肥として農地に還元される。地域需要の剰余の電力は電力会社が買い取るように義務づけられているから、組合の採算は良好で、年8〜9%という高率の配当が可能だという。 
 2000年に固定価格買い取り制度が出来てから、こうしたシステムが急速に増え、全国で600組合あるが、そのうちバイエルン州の40組合が「ライファイゼン」を名乗っている。なぜライファイゼンなのかという私たちの問いに対する答えはこうだった。
 「買い取り価格が有利なので企業も自然エネルギー発電に熱心だが、地域の資源は私たちのものだ。『村のお金は村へ』というライファイゼン信用組合の精神に学んで、私たちは『村のエネルギーは村へ』という運動を展開しているのだ」

◆ライファイゼン・シュトレーゼをゆく

 ライファイゼンの信用組合は、ライファイゼン・バンクとなり、シュルツエ系のシティ・バンクと合併してドイツ最大の銀行の一つとなっているが、その精神はこういうかたちでも現代に生き続けているのだ。そういうわけで旅の後半は、ライファイゼンの足跡をたどって中西部の村々を訪ねることになった。 ライン州のハル村に始まるライファイゼンの赴任先を結ぶ道が、今ではライファイゼン・シュトレーゼ(街道)と名付けられて観光コースになっている。 私たちもバスでこのシュトレーゼをたどった。行く先々で記念館やゆかりの建物を見学してまわるうちに、私の胸中に浮かんできたのは「これは二宮尊徳だ」という感想であった。こういう比較には厳密な考証が必要だが、ここでは頭に浮かんだいくつかの共通点を述べておく。
 ライファイゼンは敬虔なクリスチャンで、その仕事もキリスト教の人類愛を抜きにしては説明できないが、だからといって聖書の千年王国を夢見ていたわけではない。尊徳も儒教の言葉でその思想を語っているが、いにしえの堯舜の世にあこがれていたのではない。 そうではなくて目の前の農民の悲惨な状況を現世において救済しようとしたリアリストであったという点で二人は一致する。

◆高利貸しとのたたかい

 そして二人の共通の敵がまず高利貸し資本であった。現金収入の必要に迫られていたライン州の農民は、牛を飼うために高利貸しから資本を借りたが、その利子は年に100%という現代日本のヤミ金業者もはだしで逃げ出すほどの高率だった。年の暮れには利子を払えなかった農家から牛が取り上げられ、悲しげな牛の声と女房の泣き叫ぶ声が村をおおったとライファイゼンは書いている。
 彼が設立した信用組合は、慈善ではなく自助と共助の原理に基づくもので、貸付条件が厳格で利子もとるが、利率は年5〜7%の低利であった。組合の組織範囲を教会の「教区」にしぼり、村内の「相識性」を大切にしてそれを信用の基礎とした。都市において信用組合を展開したシュルツエとは、この点での見解を異にして協力関係を絶ったと言われる。
 こうした組織論も尊徳と一致する。尊徳の五常請や報徳社も顔見知りの間での信用を基本とし、自然村つまり共同体を単位に組織された。推譲の精神で善種金(基金)を作り出し、無利息または低利で貸し出すが、勤労と分度によって成功の暁には報徳金として返ってくるのである。これも慈善ではなく、至誠の心に支えられた自助独立の道であった。

◆村づくりのための広範な協同

 ライファイゼンは信用組合の父といわれるが、信用組合をもって足れりとしたのではない。彼の最初の協同の試みは、パン焼き小屋をつくり、小麦と労力を持ち寄ってみんなでパンを焼き、飢えた子供たちに提供することであった。学校を建てて読み書きを教え、道路や橋を造って農産物の販売ルートを確保した。こうした村づくりの基礎としての信用組合だったのである。
 尊徳の仕法も村づくりそのものだった。高利貸しと手を切り、ばくちの悪習を追放し、「いもこじ」という独特の相互教育によって心田の開発に努めた。荒廃していた田畑を共同耕作し、空き地の開墾を進めて村々の生産を高めた。上州(栃木県)桜町に始まって600余村に仕法を行い、広範な協同の業を展開して村づくりの実績を挙げている。
 ライファイゼン(1818〜88)と二宮尊徳(1787〜1853)とでは、尊徳がやや先輩であるが、その活動期はかなり重なっている。ドイツと日本では、資本主義の興隆期と封建制度の解体期というように発展段階は異なっているが、窮迫する農民の現世的救済という同じ目的に、ほぼ同じ方法で挑んだ二人であった。

◆わがためは人ため、人ためはわがため

 「一人は万人のために、万人は一人のために」ということばは、あまりにも有名な協同組合のスローガンであり、全国の農協や生協に掲げられている。これはライファイゼンの著書『信用組合論』の序文に書かれたのが最初とされ、彼はこの一語をもってしても協同組合の父とよばれるにふさわしい。
 実は尊徳もそっくり同じ意味のことばを残している。『二宮翁夜話』に出てくる「わがためは人ため、人ためはわがため」がそれである(八幡正則氏の教示による)。風呂桶の湯を向こうに押してやればそれはこっちに戻ってくるという「湯舟のたとえ」は、このことばを視覚化したものと言ってよいであろう。 ライファイゼンと尊徳、何れが先で何れが後ということではない。同じ状況に遭遇して人間としての誠を尽くしたことがそれぞれの国の協同の火種となった。そんなことを考えさせられたドイツの旅であった。

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