JAの活動:今村奈良臣のいまJAに望むこと
【今村奈良臣のいまJAに望むこと】第66回 世界農業遺産に認定された大分県国東半島で和牛の放牧を推進しすばらしい成果をあげている先進事例に学ぶ―永松英治さんの実践2018年10月20日
◆クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐地域の農林水産循環
永松さんの放牧の実態の紹介に入る前に、世界農業遺産として認定された根拠をはじめに紹介しておきたい。
「クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環」とのタイトルのもとで「雨の少ない土地で森林資源を活用した循環型農林水産業」とその特性を明確にしたうえで次のように記述されている。
「降水量が少なく、水の確保が困難だった国東半島宇佐地域では、安定的に農業用水を得るために小規模なため池を連携させ、効率的な土地・水利用を行ってきました。この用水供給システムの作業や管理は、地域の人びとによって共同で行なわれています。また、この地域では、クヌギを利用した原木しいたけの栽培が盛んに行なわれています。クヌギは切り株から15年程で再生することから、この原木しいたけ栽培により森林の新陳代謝が促されるとともに、水資源のかん養や、里山の良好な環境と景観の保全につながっています」。
◆永松方式の和牛の放牧
さて、永松英治さんの放牧の実態について紹介しつつ、考察を重ねてみよう。
大分県の国東半島のほぼ中央部に国宝・富貴寺がある。その門前町を通り過ぎて裏山の急坂を登ると放牧された黒牛がゆうゆうと草を食べている姿に出会う。永松英治さんの放牧場で、今から13年前に、5haの原野に3頭から始めた和牛(黒牛)の放牧は、昨年10月現在で、70頭に、放牧地は30haに広がっていた。
「電柵と給水所を用意しておけば、放っておいても子牛が生まれたので、どんどん牛を増やしていった」と永松さんは笑顔で話してくれた。
永松さんは年間を通じて母牛と子牛を放牧することで徹底した省力化を図り、かつ高い収益性を実現している。
牧場に牛舎らしいものは一切無く、牛の首を固定する金属枠のついたスタンチョンが並んだトタン屋根の全く簡易な牛舎とは言えないような給餌所がある。これは個体管理をきちんとするために作ったもので、毎日、ここで僅かなフスマを与え、牛の健康状態や発情の状況を確認している。
クルマのクラクションが鳴ると牛たちは一斉に給餌所に集まり、それぞれの定位置に着く。見事なものであった。
牝牛の発情を確認すると種を付け、10ヶ月で出産。牧場内で自然分べんしているという。産まれた子牛は10か月の放牧のうえで出荷され、全国各地の肥育農家へと売られていく。
◆年間の飼料代は舎飼いの6分の1
言うまでもないことだが、野草やササあるいは永松さんの播いた牧草を主食としているため餌をつくる農地や機械は必要ない。
永松さんは「この牧場も最初はジャングルのようだったが、放牧すると牛は何でも食べてくれて木しか残らなかった」と言っていた。
とも角放牧場造成のために最初はブッシュチョッパーと呼ばれる重機で雑木を除去した後、国東半島の温暖小雨の気候に合ったパピアグラスを播いたが、これは再生能力に優れ、毎年種子を播き直す必要がないからだと言っていたが、牛はこのパピアグラスのみならず野草やササなどとに角よく食べてくれるという。牧草や野草が少なくなる冬季は稲発酵飼料(WCS)などの給餌が必要となるが、それでも年間の飼料代は親牛1頭当たり3万円以下と牛舎飼育の場合に比べて6分の1以下で済むといっていた。
もちろん、堆肥作りや糞尿処理の経費や労力は一切必要は無いし、牧場の至るところに落ちている糞は自然に乾燥して土に返り肥料となる。
さらに、太陽を浴びながら牧場でのんびり暮らす牛たちは病気らしい病気はほとんどないし、また、放牧しているためか、難産は極めて少ないと言っていた。自由に運動させているのがもつとも効果的なのではないかと永松さんは言っていた。「日光に当たりながら、自由に草を食べながらのんびり運動もしているのでストレスが少ないのが健康のもとではないか」というのが永松さんの結論であった。
この永松さんの先進的な活動と実績を大分県下全域に、とくに国東半島のミカン放棄園の修復に活かしたいと県農政部の関係者は言っていた。かつて、いわゆる「選択的拡大」農政の筆頭に上っていたのが温州ミカンで、昭和30年代後半以降増殖計画が次々と打ち出され、国東半島がその中心とされていた。それが、いまや崩壊しみかん廃園が見渡すかぎり見られているのが現実である。これを放牧によりこれから蘇らせよう、との計画が進められつつあるがどのようにすれば実現するか。極論すれば永松さんのようなすぐれた人材がどれだけ出てくるかにかかっているように思われる。この最後の論点については改めてこの欄で述べてみたい。
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今村奈良臣・東京大学名誉教授の【今村奈良臣のいまJAに望むこと】
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