JAの活動:加藤一郎が聞く農協文化論
【加藤一郎が聞く農協文化論】古代女王、名草戸畔 和歌山に伝わる農業「はじまり」の神話 2019年9月13日
神武軍はなぜ紀伊半島を迂回し、熊野の山を越えてヤマト入りしたのか
小野田家に残る神武東征、もうひとつの伝承
戦後29年もの間、フィリピンのルバング島で孤独な戦いを続けた故小野田寛郎さん。その実家は、和歌山県海南市にある宇賀部(うかべ)神社で、「名草戸畔」(なぐさとべ)という古代の女性首長にまつわる伝承がいまも残る。名草戸畔のことは、『日本書紀』の神武東征の項に「軍は名草邑に着いた。そこで女首長を殺した」とだけ記されている。ところが、古い歴史をもつ宇賀部神社の宮司家である、小野田家に残る口伝によると「神武軍は名草連合軍の猛攻に合い紀の川を登ることを断念し、紀伊半島を船で南下して熊野の山を越えてヤマト入りした」と伝わっている。地元では“豊穣の女神”としても崇められ、口伝で密かに伝わってきた女王の伝承は、まさに日本の農業の「はじまり」に関わる神話といえそうだ。今回は、民間伝承をたどって知られざる古代女王の実像にせまった『名草戸畔 古代紀国の女王伝説』の著者、なかひらまい氏と民間伝承と農業とのかかわりについて語り合った。
加藤 2013年5月、私の縁戚にあたる小野田寛郎さんと、なかひらまいさんとの「名草戸畔を語る」の講演会が和歌山で行われ、私が司会をつとめました。小野田さんのルーツでもあり、これまであまり表に出ることのなかった名草戸畔の伝説は、まさに古代史の知られざるロマンといえますね。
なかひら 小野田さんの口伝がなければ、この本を書き上げることはできませんでした。その後、メディアなどで伝説の女王、名草戸畔に関する様々な記事が掲載され、名草戸畔の伝承も今ではだいぶ知られるようになりました。ゆかりの神社に遠方からの参拝客も増えています。
加藤 名草戸畔の伝承は地元に口伝で伝わり、残されていた文書というのはほとんどなかったんですね。あらためて名草戸畔の伝承についてお聞かせください。
(写真)小野田寛郎さんの実家が代々宮司を務める宇賀部神社。その山の中腹にある社の奥に名草戸畔の頭を埋葬した伝承が残る
◆頭、お腹、足に分断して埋葬された「豊穣の女神」
なかひら 名草の女王は殺されたあと、頭、お腹、足の3つに分断され、海南市の3か所の神社に埋められたという伝承が神社と地域に残っています。頭は宇賀部神社、お腹は杉尾神社、足は千種神社に埋葬されたという伝承が小野田家をはじめ、地域で語り継がれてきました。一般的な史実とは違う、土地に住む人たちの立場から見た伝承です。
加藤 伝承とはいえ、体を3つに切断して埋めたというと、何やらおどろおどろしい感じがします。
なかひら それは現代の私たちの価値観で、当時は残酷とは違う象徴的な意味を持っていたと思います。遺体切断伝承は、殺された女神の体から芋や穀物が発生する「ハイヌヴェレ型神話」の類型です。この神話は狩猟でなく主に「農業を営む」、東南アジアから日本列島の環太平洋文化圏に広く分布しています。名草戸畔は殺されて遺体を切断されて祀られ、頭やお腹や足を守ってくれる女神になるのですが、後に稲の神、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)も祀られています。当時は半農半漁で暮らしていたという伝承が残っていることからも、豊穣の女神に進化していったのではと思います。女神が切断される、という物語はとても古い時代の心性を表すもので、これが和歌山に残されているというのは特筆すべきことです。
(写真)名草戸畔伝承を取材した作家で画家のなかひらまい氏
◆農地拡大のために八咫烏を山中に追いやる
加藤 小野田家の口伝によると、和歌山の名草地方一帯を治めた小野田さんの先祖は、神武東征(※)よりはるか昔、九州の宮崎から大分にかけてのリアス式海岸のあたりに住んでいたが、人口が増えたため、新天地を求め、よく似た地形の和歌山に渡ったそうです。移住した人たちは、紀ノ川流域にキビを植えていたものを水稲に直したといいます。
なかひら 確かに海南市には、稲作を思わせる遺跡も出ています。
宇賀部神社の前に広がる水田風景
加藤 その際、この地に住む先住民、八咫烏(やたがらす)一族の住処を奪う形で紀州の山中へ追いやってしまったことから八咫烏は、その後の神武東征で神武軍を助け、熊野山中を橿原まで先導したと小野田家には伝わっています。
なかひら 神武東征の際、八咫烏が熊野の山中を先導したというのは有名な話ですが、名草戸畔側からみれば、八咫烏一族の仕返しに合ったようなものです。小野田さんは、「(八咫烏を)山へ追いやったのだから、仕返しされるのも当然のこと」と名草戸畔たちの非を認めているところが、この伝承の興味深いところです。
加藤 八咫烏といえばサッカー日本代表のエンブレムになっていることで全国でよく知られています。
なかひら そうですね。ちなみに、八咫烏一族を山奥に追いやったのは山の方に農地を拡大するためなので、古代の暮らしと農業が密接につながっていることが想像できます。八咫烏を調べてみると、熊野三党(鈴木・榎本・宇井のご三家。熊野三山の神官)の一部の先祖に当たる大伴氏が現在の和歌山市片岡あたりに居住していたことがわかり、片岡には大伴氏ゆかりの刺田比古(さすたひこ)神社が今も鎮座しています。広い和歌山県内で様々な部族が行き来していたのです。諍いも含め、古代の人々の物語として大切にしていくことが地域の財産になるのではと思います。
◆人々の思いと事実が混ざり合って生まれる"伝承"のおもしろさ
加藤 JA全農も地域活性化の方策として海外や都会からの観光客に農家に宿泊して暮らしや食、農作業などを体験しながら、その地域の伝統や文化、歴史にも触れる機会となる"農泊"事業に乗り出すことを掲げています。農泊などが盛んになると地域に伝わる伝承の掘り起こしにつながりそうです。
なかひら 地域には本当にたくさんのおもしろい伝承が残っています。古い小さな神社などに行くとご祭神などの説明も何もないので地元の人から聞き出したりするのは楽しいものです。名草戸畔の伝承が残る和歌山も伝承の多いところで、例えば新宮市には、中国の秦から渡ってきて熊野の人々に農業や薬草の知識を広めた徐福の伝承も残っています。薬草の栽培は農業とも深いかかわりがあるでしょう。
加藤 史実であるかないかは別として2000年も前の伝承が残ってるのはすごいことですね。
なかひら 名草戸畔の伝承は、すべてが史実ではありませんが、遠い昔のご先祖の由来や民を守った女王の武勇伝として共有されてきた物語です。伝承とは地域に暮らす人々の思いと具体的事実とが混ざり合って生まれたものです。その中で史実だけを正しいとして他を否定してしまえば、心にとって大切なものも一緒に捨ててしまうことになるでしょう。史実かどうかという問題ではなく、なぜ、この土地でこういう伝承が共有されるに至ったのかを見つめて考察することが大切だと思います。
【インタビューを終えて】
地域活性化は地元の伝承の掘り起こしから
地域の活性化が叫ばれて久しい。京都大学の広井良典教授は、著書『人口減少社会という希望』に、「私達は豊かさや幸福の手がかりは、遠い彼方にあるというよりは、私達に身近なローカルな場所、あるいはそれらへの愛着といったものの中に含まれている。私達はそこへと回帰しつつ、もう一度出発していくことになるのである」と書かれた。この名草戸畔に限らず、全国各地の神社仏閣にはその郷土の伝承が存在する。お住まいの近くの伝承を掘り起こし、郷土史を見直すことから地域社会の活性化が始まるのではないか。(加藤)
※神武東征:のちに初代天皇となる神倭伊波礼昆古命(カムヤマトイワレビコ)が、現在の宮崎県・日向を発ち、各地の豪族や先住民を味方につけたり討伐したりしながら瀬戸内、近畿、紀伊を経て東征し、大和の橿原で初代天皇として即位するまでの神話的な物語。
「名草戸畔 古代紀国の女王伝説」(なかひらまい著、スタジオMOG刊、1800円+税)
古代紀国の女王、名草戸畔にまつわる民間伝承を取材し、古代史の知られざる一面に光を当てた古代史ファン必見の書。
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