JAの活動:私の農協物語
【私の農協物語】貧しさから解放 胸に(上)元農林中金副理事長 上山 信一氏2022年6月30日
昭和20年代~30年代、戦後の不況による倒産や経営危機から経営を立て直し、今日の農協の基礎を築いた人が少なくなった。いま以上に大きな困難に直面し、それを乗り越えてきた先人たちの経験は、われわれにとって貴重な財産であり、ぜひとも残し、伝えなくてはならない。農協のために尽くした先人たちに語ってもらう。
元農林中金副理事長 上山 信一氏
いま、日本の農業でもっとも心配しているのは、37%という国の食料自給率だ。何年も前から大変だ、大変だといわれながら、少しもよくならないのはどうしたことだろうか。政府が昨年示した「みどりの食料システム戦略」にも疑問がある。そもそも、「みどりの戦略」というからには地球上の緑を増やすことだと思う。
カーボンニュートラルで温室効果ガスを減らすことが問題になっていることは分かるが、樹木や農作物などで緑を増やせば、光合成によって二酸化炭素が植物に吸収される。これを忘れて牛のゲップや水田のメタンガスをやり玉に挙げるのは筋違いだ。貧しかった戦前の農村、戦後の食料不足の時代をくぐった者として、最初にひとこと言っておきたい。
都市と農村の格差
私は、昭和3(1928)年、鳥取県の湖山池のある小さな村の農家の長男に生まれた。湖山池は鳥取県内では、中海に次ぐ大きい湖沼で、日本海から湾入した場所が、砂丘の発達や堆積によって、海と分離されてできた。いくつかの小島が浮かぶ美しい湖だ。今は鳥取大学があり、都市化しているが、私の育ったころは、砂丘地の野菜と米を中心とした貧しい農村だった。
わが家は地主だったが、自作地もあったので農作業を手伝うなど、小さいころから身近に農業があった。村では比較的豊かな方だったが、そのころ印象にあるのは、鳥取市に行くたびに、農村と都市の生活の違いの大きさに驚いたことだ。
農民は、日の出前に起きて日の沈むまで働き、夜は米俵やカマス、ワラジなどの夜なべ仕事。子どもも小学校高学年ともなると立派な戦力で、学校に行く前に牛の餌にする草刈りが当たり前だった。身を粉にして働いても農家は豊かにならず、村のなかでも、よく負債整理(破産)の話が聞かれた。
そんなにまでして働いているのに、なぜ農家はいつまでも貧しいのか、子ども心に疑問に思っていた。、中学生のころ、大八車を引いて、6㌔先の鳥取市内の市場にイチゴを出荷していたが、そこで気がついたことは、一般の商品と農産物では値段の付け方が違うことだった。町で買う品物は売る側が値段をつけるのに、われわれ農民の作った農産物は自分で値段がつけられず、他人が決めている。これはおかしいと思ったね。
昭和の初めから戦後の一時期までは、農村の課題は文字通り、「貧しさからの解放」だったと思う。私もそうした意識を持ち、将来は農民を豊かにする仕事がしたいと思うようになった。
これには両親の影響も大きい。父からは「水・空気・土地は公のもの。それを私有するのはおかしい」と、小さいころからよく聞かされた。長男の私には、「財産は残さないが勉強はさせてやる」という考えでした。母は敬虔なクリスチャンでした。戦後の農地解放の時は、地主でありながら、父は、「これで農民が貧乏から解放される」と喜んでいたくらいです。
百粒の稲を千粒に
当時、稲の穂につくもみは100~120粒で、200粒もつけば大豊作でした。しかし中学に入ったころ、鳥取農林(現在鳥取大学)の先生から、本当は1000粒つく力を持っているが、そうならないのが自然というものだという話を聞いた。よしそれなら、将来は農学を学び、1000粒できる稲を作ろう。そうすれば農民が豊かになると思った。それで大学(東京大学)は農学部を選び、農業経済を学ぶことになる。
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