JAの活動:動き出す JA農業経営コンサルタント
【動き出す 担い手コンサルティング】JAの本気度示す司令塔 JA秋田しんせい農業経営支援室2023年5月23日
地域農業の担い手育成と確保に向けてJAと県連、全国連が連携した担い手コンサル事業が動き出している。営農指導だけではなく、経営分析や資金対応、販売ルート開拓などまで、各組織から担当職員が集まってコンサル実践チームを作り、JAグループの総合力を発揮、組織横断的に支援する。今回はJA独自にいち早くコンサル部署を立ち上げた秋田県のJA 秋田しんせいの取り組みをレポートする。(月1回掲載)
農業経営支援室のメンバー(左から)佐々木敬太係長、小松世次長、佐藤充室長、斉藤久美子係長、佐藤未奈さん
次世代の地域農業の担い手育成と確保に向けてJA秋田しんせいでは「農業経営支援室」を設置。営農指導だけではなく、経営分析や資金対応まで担い手の課題を洗い出し、JAの各部署組織と連携してソリューションを提案する。JA総合事業のフル発揮で支援する体制の核として動き、同JAは「JAの本気度を示す司令塔だ」(佐藤茂良専務)と力を込める。
ワンストップ対応
JA秋田しんせいは、2021年3月に「農業経営支援室」を新設した。同JAではTACが担い手を訪問しさまざまな悩みを聞き解決策を検討する活動を続けていたが、高齢化、後継者不足が深刻化する一方で、法人や大規模農家に農地集積が進み、営農管理や労働力確保など、課題は複雑で高度化してきた。
「担い手の課題に対応するには専門的な部署の立ち上げが必要だと考えた」と佐藤専務は話す。キーワードはワンストップとソリューション。営農面だけでなく金融、購買などJAの総合力を支援室が核となって発揮し、課題解決策を担い手に示していく。
佐藤茂良代表理事専務
現在、支援室のメンバーは5人。営農部門だけでなく信用部門、経理電算部門など多様な経歴の職員がチームを組んでいる。
活動の基本は訪問活動で、2023年度は150の担い手経営体を対象に選定した。5人で地区別に分担している。訪問前に提供された申告書類などから経営を分析し担い手が抱えているであろう課題について「仮説」を立てるなど、事前の準備を行う。たとえば、単収引き上げや、労働力確保、新たな品目導入、コスト削減などだ。そのうえでヒアリングを行い、課題を洗い出す。
その後は、課題解決策を検討するため営農経済部をはじめ、現場に近い営農センター、信用共済部や管理部門、さらには行政も含めて部署を越えて日々協議を行う。
農業経営支援室の佐藤充室長は「いわゆる御用聞きの訪問ではなく、こちらからも提案を行う訪問をする。担い手も気づかなかった課題も明らかになり、信頼を得ることにもなる」と話す。解決策提示に向けては「いかに他の部署を巻き込むか。農家の所得増大に向け、支援室の熱意をJA内に伝染させることも大事」と強調する。小松世次長はそれを「パス回し」と呼ぶ。
ときには担い手からJAに来てもらい、関係する部署の職員も出席する相談会を開く。これも担い手の声を直に聞いてもらうことで「部署間の温度差を縮める」ことが目的。佐藤専務が強調する「農業経営支援室はJAの本気度を示す司令塔」との思いがここにも表れている。
デジタル化に力
経営コンサルティングを実践するために「武器」と位置づけているのが農業クラウドの導入などデジタル化だ。高齢化の進行で毎年のように委託される農地が増えている担い手は多いが、拡大する農地の管理にはデジタル化が欠かせないと判断、営農管理システムZ―GISや営農計画策定支援システムZ―BFМのほか、衛星診断による土壌診断などを活用して担い手の課題洗い出しと、解決策の提示を行っている。デジタル化はJAに求められているが、同JAでは農業経営支援室の設立がその取り組みを加速させることにもなったといえる。
とくに大規模法人のコンサルにはデジタルツールを活用した支援が求められる。
JAでは支援室新設を機に、日々の訪問活動とは別に、モデル法人を選定しコンサルのための法人座談会を実施してきた。2023年度は20法人を対象に開催する。
田植え後と収穫後の2回開くことを基本としている。
1回目の座談会では、衛星診断などでほ場データを示すとともに、営農指導員が現場を観察した結果などをもとに、収穫に向けた追肥などを始め、取り組むべき課題をJAからアドバイスする。
収穫後の2回目の座談会では収量の確認を始め、翌年度に取り組むべき課題や目標販売額の設定、稲作以外の新たな品目の提案、それにともなう労働力の確保策などを提案する。
とくに収量向上に向けてはJAとメーカーが共同設計した肥料を提案し、他の肥料との比較も行うなど、データを示すことでJAのコンサルへの評価を高めたという。
法人座談会をきっかけに、JAからの提案を受けた施肥を実施しているモデルほ場の設置にも合意を得て、現地には看板も掲げた。こうすることでJAの取り組みを発信するだけでなく、営農指導職員の訪問の活発化などにもつなげた。
また、労働力確保にはマッチングアプリの提案とともに、農家支援に限ってJA職員の副業を認め、人手を必要とする時期に職員を派遣している。
法人座談会について佐藤室長は「代表だけでなく他の理事や従業員も交えて、われわれと同じ目線で議論ができる」とメリットを話す。
農地守る権右衛門
(株)権右衛門 須田貴志代表取締役
農業経営支援室のコンサルティングを受けているにかほ市象潟町の(株)権右衛門は2021年に法人化した。
須田貴志代表取締役は就農して23年。3haの個人経営が農家の高齢化で委託される農地が年々増え、法人設立時には14haまで増えた。甥が就農を希望したことが法人化のきっかけで現在、4人を常時雇用している。
その後、作付面積は22年に28haに拡大し、23年は40haにまで増えた。これは水田面積であり、最近では自家用野菜栽培の畑や未管理の農地の草刈りまで頼まれており、それを含めると60ha。ほ場の枚数は水田400、畑地200の計600となり、9地区に分散している。
「高齢化で農地すべてを預けたいという人が増えています。まとまった農地で経営するのが理想ですが、次世代のため農地を残し農業で地域を元気にできればと考えています」と須田さんは話す。
ただ、課題は多い。従業員4人のうち、農業経験が豊富なのは1人。甥も高卒から3年目であり30代の従業員2人も製造業からの転職だ。
まだ技術の蓄積がないためどうしても作業の効率が悪くなり、栽培管理では知識も必要になる。「自力で指導していくのは限界があると思っていたところにJAに農業経営支援室が設置されたと聞き、真っ先に力を借りたいと思いました」と話す。
今年は4月から1年かけて従業員への営農指導をJAが行う。
「講師というだけでなく、彼らにとって上司が増えたという感じです。若い従業員の背中を押す役割を期待しています」と須田さん。
また、JAの提案による栽培後期に肥効がある肥料に切り替えて単収向上を図っているほか、今年はなじみのない借地が増えているため衛星を使った土壌分析を実施する予定だ。分散するほ場データはJAがZ―GISに入力して提供、須田さんはパソコン画面上で全体を把握できるようになった。JAからはどのエリアから田植えをするのが適当かなどアドバイスも受けており、今後はエリアごとの肥培管理など本格的な活用を考えていくという。
地域では基盤整備事業が進んでいる地区もあり、その地区で5年以内にさらに20ha引き受けることになっている。水稲だけでなくネギ、ソバ、ハウスでのミニトマト栽培も経営に取り入れる計画だ。
「栽培に携わりながら経営管理を一緒にすることは難しい。米の乾燥機の増設など投資の検討も必要になる。経営が軌道に乗るまで5年、10年とJAには総合的なサポートをしてほしい」と須田さんは期待している。
コンサル水準上げ
農業経営支援室では法人の課題によっては農林中央金庫と全農とともに実施する担い手コンサルティングの枠組みで実施する事例もある。
また、新規就農者を定着させるようコンサルすることも支援室の役割となっている。JAは職員として雇用し、野菜や果樹の栽培研修を受けて2年後の就農をめざしてもらう研修制度も実施、今年度は12人も新規就農する。そのほか農業に興味を持つ人が誰でも参加できる農業チャレンジセミナーをYouTubeで配信している。新規就農支援などを目的に今年、由利本荘市とにかほ市と包括連携協定も締結した。
佐藤専務は行政とも連携し「農業を起爆剤に地域を活性化し、若い人たちに住んでもらう貢献ができれば」と話す。
そのためにも農業経営支援室が「いかに総合力を発揮し、担い手それぞれの悩みに応えていくか、まだまだ勉強しなければならない」と気を引き締めている。
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