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特集:JA全国女性大会特集2017

2017.01.23 
【JA創立70年 おんなたちの戦後史から】女性に見放されたJAに未来はありません!一覧へ

文芸アナリスト 大金義昭

 JAの自己改革の課題のひとつ「男女共同参画」への取り組みが進んでいますが、農村女性の歴史には、からだを張って農地を守ろうと、弾圧されながらも「女の力」を示した闘いがありました。文芸アナリストの大金義昭氏にその歴史を紐解いていただきます(文末に年表)。

◆いのちを育み暮らしを守る

応援や笑いが起き、活気溢れた昨年のJA全国女性大会 『風のなかのアリア』(ドメス出版)と銘打って「戦後農村女性史」を上梓してから、早くも十二年になります。女性自身の肉声や肉筆を渉猟(しょうりょう)し、戦後六十年を愚直に綴った大冊が思わぬ反響を呼び、NHKの「ラジオ深夜便」などにも取り上げられました。
 「嫁」→「妻」→「パートナー」と、芋虫が蛹(さなぎ)から蝶に変身するように、女性は傷だらけで大地を這いながら、華やかな天空へ飛翔する志を抱き続けます。忍耐強い女性の遅々とした地位向上の歩みは、「婦人」→「女性」→「おんな」とみずからの呼称を変える時代と共に前進します。
 あれから干支(えと)で一回り。時局は「戦後」から新たな「戦前」の様相を呈するようになり、烏合(うごう)の権勢が時代の劣化を加速させています。
 この間の独善的な居直りの基軸は、「グローバリズム」に名を借りた「アメリカン・スタンダード」。市場競争を金科玉条に、強者が勝ち抜くための論理です。この新春からは、強者の本性(ほんしょう)を剥き出しにした「アメリカ・ファースト」が国境を越えて押し寄せ、これに増長する国内勢力が時代を理不尽に席捲するに違いありません。
 生まれる事態は、歴然たる優勝劣敗と人や組織や地域の格差拡大、想定を超えて深刻化する社会不安です。いのちや暮らしを軽んじ、およそ知性というものを感じさせない、驕慢(きょうまん)で薄っぺらなポピュリズムの顛末を、正確に見極める眼力が試されます。
 なにしろ協同組合は、市場競争原理の対極にあって「一人は万人のために、万人は一人のために」を実践し、いのちを育み暮らしを守る、かけがえのない「組織・事業・経営」体なのですから。
 女性の地位向上とJA運営への参画を目指し、男女が手を携える意味合いもここにあります。なぜなら、女性は農業・農村と同様に、二重三重に踏みにじられてきた経済・社会的な弱者としての戦後史を背負っているからです。

◆「女(おみな)たたずば 平和ならざる」

文芸アナリスト 大金義昭 映画『荷車の歌』の原作者・山代巴さんは、思想・言論を弾圧する治安維持法下にあって、その弱者に身を寄せる活動を貫きました。この国が敗戦に追い込まれる一九四五年(昭和二十年)八月、獄中にあった山代さんは病気により仮釈放されます。同じ志で結ばれた夫は獄死し、彼女自身も流産の憂き目に遭います。
 獄中で無念の死を遂げた夫の志を胸に、山代さんは戦後も日本農民組合の活動や原水爆禁止運動、農村女性の地位向上などに献身しました。七十歳を前に刊行を開始した自伝的な長編小説『囚われの女たち』(径書房)は、抑圧され差別されながら社会の最底辺に生きる女性をリアルに活写し、人間の真実に迫りました。
 そんな山代さんの活動を援助した広島県三次市の金井トキさんに、次のような歌があります。一九五五年(昭和三十年)の第一回原水禁世界大会に向けて詠(うた)っています。

(牧原憲夫著『山代巴 模索の軌跡』而立書房)
十年を経つつ怒りは新たなり
女(おみな)たたずば平和ならざる

◆土に立ち土に生き 土を守る

 「女たたずば~」は、山梨県・富士北麓の入会地をめぐる農民のたたかいの中でもひときわ光彩を放ちました。軍事演習に晒(さら)された入会(いりあい)地の入会権をめぐる長期戦で、女性が最前線に躍り出たのは、一九六〇年(昭和三十五年)以降のことです。
 「忍草(しぼくさ)母の会」は、絣のモンペ姿にスゲ笠をかぶり、砲弾と戦車に立ち向かうゲリラ戦を展開しました。富士の北麓を駆け巡り小屋や櫓(やぐら)を立て、地面に穴を掘ってたてこもり、立ち木によじ登って梢(こずえ)にしがみつくなど、その神出鬼没のたたかいについては、安藤登志子さんの『北富士の女たち』(社会評論社)三部作などに詳しく綴られています。

百姓は土に生きる草だ
土深く根を張る草だ
金神(こんじん)となって土にもぐれ
土に埋まっても土を渡すな
(一九七一年〈昭和四十六年〉二月)

 「忍草母の会」がたたかいの中で発した声明には、次のようなものもあります。

  沖縄と北富士
沖縄が怒る 北富士が怒る
米軍の血ぬられた軍靴は草を踏みにじり
炸裂する砲弾は土を吹きとばす
かつて領主・島津 武田の貢納 苦役に泣き
いま米軍の非道にあえぐ
沖縄と北富士をつつむ霧は深い
この霧を インドシナに朝鮮半島に
流してはならない
(一九七一年〈昭和四十六年〉四月)

 アメリカのベトナム侵攻が、激しさを増していた当時の声明です。

◆たたかいの中で 強くなる!

 千葉県成田市三里塚を舞台にした「新東京国際空港建設」反対闘争でも、女性は無敵の「婦人行動隊」を組織しました。ここでも農民は団結小屋を建て、鉄塔を築き、地べたに座り込み、立ち木にからだを縛り、糞尿爆弾を投擲(とうてき)し、地下壕を掘って「農地死守」の肉弾戦を繰り広げました。

 婦人行動隊(長谷川タケ隊長)は、農家のおっ母ァらの組織であり、機動隊が来るといつも最前列でスクラムを組む、同盟最強の部隊である。今までは親父らに口もきけなかったおっ母ァが、私服や機動隊を前にすると実に色々な野次を飛ばす。「江戸っ子は生馬の眼抜くっていうが、オレらはおめいらの金玉抜きに来たんだぞ!」「お前好きになったから、あそこの森で一緒に寝べえよ、キスすべえよ」など、私服を萎縮させるような野次まで飛び出す場合もある。(宇沢弘文編『三里塚アンソロジー』岩波書店)

 農民の意思を力で踏みにじる国家の論理に、女性はからだを張って抵抗します。その必死のたたかいが生活の一部になると、怖いものなどありません。

 おっかあらが集ると、今までは旅行の話とおやじさんの悪口と着物と子どものことに限られていたが、闘争がはじまってからは、空港の討論会に変りましたよ。おやじさんらと月一回、部落集会をやる。そのときばんばん意見をかわす。これまで部落の話といえばおやじさんらがやることだった。それを横から口を出したら、しゃしゃりでるといっておこられたもんだ。闘争になってからは、今日来た嫁でも堂々とものが言える。そういう習慣になった。こんな楽しいことはねえ。いつになったら世の中へ出られるもんだかわかんなかった女どもが、なんでも男なみにやれるようになったのだから、これがよ、革命っちゅうもんじゃねえかと思ってるよ。(朝日ジャーナル編集部編『三里塚―反権力の最後の砦』三一書房)

◆プライドだけが高い男性は脆い

 昨年二月に六十八歳で亡くなった作家の津島佑子さんに、『女という経験』(平凡社)をテーマにした著作があります。女性について思いを巡らすその冒頭で津島さんは、「あくまでも個人的な感想」と断りながら、次のように綴っています。

 理屈とは関係なく、とにかく生きものの世界では、子を産む性である女が絶対的に中心の存在なのであり、男は言ってみれば、働き蜂のような存在に過ぎず、見ていてちっともおもしろそうではない。
 そこで女としては男なるものが哀れになり、少しは力を貸してあげようか、という気持になることはある。ところが、現実の世のなかでは、どういうわけか、多くの男たちは自分のほうが劣った存在だとは認めたがらず、プライドだけが妙に高い。女にとっては扱いに手こずる。どうもすなおではない。(中略)
 でも、今の年齢になってつくづく感じてしまうのは、やっぱりな、という自分のつぶやきなのだ。やっぱり、女のほうが強くて、こわい存在だな、と。
 男たちの「歴史」はそうした「女の力」をいかに封じ込めるか、その策略の積み重ねだったと言えるらしい。いくら封じ込めても封じ込めても、「女の力」は男の望むようにはかわいらしく、ささやかなものに収まってはくれない......。

 それはそうです。男性はもともと女性の「加工品」に過ぎないことが、「発生学」などの知見からも明らかですからね。いずれにせよ、女性が本気になったら、男性はとても太刀打ちできません。

ゴミだし日(び)すてにいかねば すてられる (読み人知らず)
わが家では子供ポケモン パパノケモン(万年若様)
いい家内10年経ったら おっ家内(自宅拒否症)

 当世家庭内事情を穿(うが)ったこれらの作品は、手元にある『サラリーマン川柳 よくばり 傑作選』(やくみつる・やすみりえ・第一生命=選 NHK出版編 NHK出版)から拾いました。

◆「制度」と「神話」の間で

 川柳界の第一人者で、『有夫恋』(朝日新聞社)などで知られた時実新子さんの句集に『母―走りつづける列車のように』(大巧社)があります。

ああ女なれば乳房に乳あふれる
母だから泣かない母だから泣く日
母もこの坂を登って消えたのか

 「母と子の関係」を切り取った彼女の作品から、斎藤史さんが歌集『ひたくれなゐ』(不識書院)に収録している次の三首を思い出しました。

山わたり山山つたひやまうばのめぐりやまざる残執の髪
振りむかば形相(ぎやうさう)は鬼 坂道をのぼりつくしし逆光の中
死の側より照明(てら)せばことにかがやきてひたくれなゐの生(せい)ならずやも

 先の津島さんに言わせれば、「制度」と「神話」の間でうろうろと生き続けている人間の社会にあって、女性という存在の底深い不可思議さに比べれば、男性などいかにも単純です。
 そんな男女が、互いに手を取り合って家族農業や地域社会を守る砦(とりで)こそ、私たちのJAではないか。いのちや暮らしの原点に立ち返り、地域に腰を据えた協同組合の正念場に立っています。JAを根こぎにする勢力が、息を巻いていますからね。

◆過去は現在と近未来の鏡

 いのちや暮らしの原点に立ち返るためにも、先の敗戦と今日に至る歴史を振り返る。振り返れば、確かな近未来(きんみらい)が見えてきます。
 かつての「戦前」と異なり、近未来の責任は私たち自身が引き受けなければなりません。思想も言論も自由の時代ですから。
 「子供を守るために女性組織に参加した」とさりげなく語ったのは、JA北海道女性協議会長の大原ノリ子さん。「え、どうして?」の問いに「引っ込み思案の自分を変えたかったから~」と大原さん。地域とのつながりなしに子供は守れない。子供を守るために「自己改革」に取り組んだと言うのです。
 その新鮮な響きが耳に残り、岩手県花巻市の久保田おさちさんが一九八四年(昭和五十九年)に刊行した詩文集『野良着のままで』がよみがえりました。

  秋
そうそうと稲を渡る風から
秋はやってくる
みわたすかぎりゆれる稲の穂に
陽はすきとおるほど明るく
紺青の果てしない空に
秋はひっそりと白い雲を浮かべた
 子供達よ
 あの純白の雲をごらんよ
ささやかなまづ(※)しい生活ではあるが
あの雲のように純正に
夢をふくませて伸びてほしい
お母さんはお前達のためなら
どんなことがあっても
きっとがんばってみせるよ
(※)...原文ママ

 「農業者としての自覚と責任」を呼びかける大原さん。彼女の小柄な姿が、人一倍大きく見えました。JAにも、勇気ある大胆な「自己改革」が求められています。その核となる取り組みのひとつが「男女共同参画」です。
 女性の元気とやる気と本気と勇気を喚起(かんき)できないJAに、未来はありません。
(写真)応援や笑いが起き、活気溢れた昨年のJA全国女性大会

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