JAの活動:今、始まるJA新時代 拓こう 協同の力で
【提言:農業協同組合に望むこと】藻谷浩介 日本総研主席研究員 地域内循環型へ事業を転換 農村自体の成長担うJAに2019年10月11日
本特集号のテーマは「今、始まるJA新時代」。全国のJAが農業の振興と豊かで暮らしやすい地域づくりをめざしているが、新時代と呼ぶにふさわしい発想と実践を追求したい。藻谷氏は農村自体の経済成長を図るJAの抜本的な事業方式の見直しを提起する。
◇令和時代の成長産業
筆者は地域振興のお手伝いを生業としている。地域の現場に身を置いて日々感じるのは、「日本の農業は、まさに今、新時代を迎えている」ということだ。しかし、そうした新時代の農業の現場をJAがきちんとフォローし、変わる農業と共に「JA新時代」へと向かって行くのかどうかは、まだよくわからない。以下でご紹介する幾つかの観点を踏まえ、ぜひ皆様によく考えていただきたいのである。
筆者は各地で、同じ地域の公務員はもちろんのこと、同年代の都会のサラリーマンよりもずっと高い収入をあげている若い農業者に出会う。それもそのはず、昨今の日本農業は、明確に成長産業なのだ。リーマンバブルの頂点だった平成19年(2007年)と、29年(2017年)の、10年間の変化を見よう。声高に言われる「アベノミクスの成果」とは裏腹に、名目GDPは3%、賃金の総額(雇用者報酬)は5%の伸びにとどまったが、生産農業所得はなんと25%も増加した。
もう少しわかりやすく、売り上げで比較する。日本人の個人消費はこの間に2%しか伸びず(つまり商業や個人向けのサービス業の売り上げも合計で2%しか伸びず)、製造業の出荷額はこの間に10%も下落した。それなのに、農業産出額は12%伸びている。絶対額で比べれば、製造業が300兆円規模なのに対し、農業は9兆円にすぎない。だが成長しているのは商業やサービス業、製造業ではなく、農業なのだ。
品目別に見れば、米は3%減ったが、果実は12%増、野菜・豆・芋類や生乳は16%増となった。鶏卵は31%、肉類(生乳と鶏卵を除いた畜産物)に至っては38%の伸びである。懐に余裕のある一部高齢者が、「医療費を払うくらいならその前に医食同源で健康維持を」と、高品質で高価格の国産農産品を消費し始めたために、このような急成長が起きているのだ。
それなのに農業関係者の多くは未だに、「農業は衰退の一途だ」と誤解しているのではないか。確かに、差別化ができていない銘柄の米を慣行農法で作っていても将来性は乏しいだろう。だが、食べ手の健康に良い農産物をブランド化して売ろうとする農家の将来は、今後もどんどんと開けていく。
農協は、そうした新世代の農民に伴走するビジネスモデルを採用し、行っているのだろうか?
写真説明:新時代に向け「農村に落ちる付加価値」を増やすJAの事業が求められている
◇自由化の対抗例に学べ
農業が成長産業であることに気付いていない多くの日本人。同じように彼らは日本が、国際経済競争をいかに勝ち抜いているかも知らないだろう。しかし昨年(2018年)の日本は、19兆円もの経常収支黒字を稼いだ。これはドイツに次ぐ世界2位であり、黒字額は9兆円だった平成元年の2.2倍である。ちなみに同じ年、中国(+香港)の黒字は7兆円と日本の4割にも満たず、米国は57兆円と世界最大の赤字を計上した。この数字からみれば、トランプ米大統領が日本に「もっと米国製を買え」と言うのは、立場上は無理もない。
しかし、日本の食糧輸入は全部で6兆円程度。その全額を米国から買ったとしても(豪州その他のライバルも多いのでそれ自体があり得ないが)、米国の対日赤字は半分も消えない。それを承知でトランプ氏は、選挙民へのアピールとして日本に米国産農産物を買えと言い、日本政府も、輸出の屋台骨である自動車産業を高関税から守るためならと、豚肉や牛肉を人身御供に差し出す。その結果が先般の日米交渉妥結だ。数十年単位で考えれば今のまま存続できるはずもないガソリン車業界を守るべく、未来永劫に日本の得意分野であるだろう農業を差し出す日本政府の選択は、短期的視野に立った愚かなものだった。
だがそうだからといって、農業側に対抗策がないわけではない。牛肉・オレンジ交渉の後の経験から学べばよいのだ。前述の通り、最近10年間の国産果実の出荷額は12%増、畜産物は38%増である。輸入品とバッティングしないだけの高付加価値化を進めたことでかえって、日本の果実も食肉も成長分野に転じたのだ。安いだけの輸入品を求める客層ではなく、高くても由来の明確な国産品を求める客層(訪日外国人客含む)に向き合って努力することが、今まで以上に求められている。
農協は、そうした新たな挑戦を行う農業者に伴走する意識を、どこまで持っているのだろうか?
◇農村の経済成長こそ
カルビーの経営者だった故松尾雅彦氏が提唱した「スマートテロワール」をご存知だろうか。氏は米の低価格と畜産加工品の高価格に着目、「水田を飼料用トウモロコシなどの畑に転換し、家畜飼料からハム・ソーセージ、チーズなどの加工品までを農村内で一貫生産することで、より多くの付加価値を農の現場に落とす」ことを唱えられた。飼料を自家生産すれば、飼料代が出て行かなくなる。加工品を自家生産すれば、原料代と加工品価格との間の大きな差も、生産者のものになる。それだけ農村に落ちる「付加価値が増える」=「経済成長する」わけだ。
水田耕作や野菜栽培にしても、農薬と肥料を地域外から購入し続ける慣行農法より、肥料をなるべく堆肥で賄い農薬をなるべく用いない農法の方が、仮に生産物の値段が同じでもコストがかからない分、農村に落ちる付加価値が増える。ましてや生産物がより高く売れるのであれば、そこを目指さない手はない。
しかしながら中央の農政は、農村よりも、飼料や農薬、肥料のメーカー、あるいは食品加工メーカー寄りのことが多い。何より大企業は、役人の天下り先になる。それに、付加価値がこれらメーカーに行くのと、農村に留まるのと、単純な経済学では「どちらでも経済効果は同じ」なのだ。多くの農協も、農村に飼料、肥料、農薬を売り、農産物を加工品メーカーに安価で安定供給することに注力しているようだ。
だが本当のことを言えば、農村部の儲けが増えた方が、都会のメーカーが儲けるよりも、国全体の経済成長への寄与は大きい。というのも日本の大企業は、儲けを現金として貯め込むばかりで、投資をするにしても海外向けが多く、国内の経済循環拡大への貢献が乏しい。これは、ここ数年の株高と大企業収益の増加が、まったくといっていいほど個人消費の拡大につながっていない現実からも明らかだ。他方で現場の農業者は、儲かれば規模拡大に投資し、雇用も増やす可能性が高い。それにより国内の経済循環は拡大するうえ、出生率の著しく低い首都圏下の大都市部から一人でも多くの若者が農山村に移住すれば、それだけ日本全体の人口減少にも歯止めがかかる。
写真説明:地域内循環経済には小水力発電も重要になる
◇どちらの側に立つのか?
政治家の多くは、経済学「風」のイメージに頭を染められているだけで、こうした現実を理解しているようには見えない。経済学者の多くも机上の定式を語るだけで、「大企業にお金を集めることが日本の経済成長につながっていない」という明らかな現実には目をつぶっている。
農協や農業者の多くも、経済成長一辺倒の政策や規制緩和万能の安直な風潮には反発するものの、自分の行動としては大企業から飼料や肥料や農薬や燃料や資材を無自覚に買い続け、農村の経済を成長させる機会を逃し続けている。
筆者はこれまで、大分県の日田大山農協や群馬県の甘楽富岡農協など、農村に大企業の商品を売るビジネスから足を洗い、農村自体の経済成長を指向する協同組合があることを、現場で学んで来た。そのような流れが大きなものになるのか、それとも農村から都会にお金を汲み出すことばかりに注力する農協が主流であり続けるのか。「JA新時代」が本当に来るのかどうかは、この点にかかっているだろう。
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