JAの活動:JA新時代を我らの手で JA全国青年大会
提言:姉歯暁 自然資源を再生産し、働きやすい農村を作っていく2020年2月17日
青年農業者への期待
姉歯暁駒澤大学教授
農業とは何か、そして農業を志す青年農業者とそれを受け入れる先輩農業者の思い、さらに「協働」に隠されたさまざまな問題点、農業と消費者のあり方など、「働きやすい農村を作っていく」ための視点を姉歯教授は指摘する。こうした問題を考え解決していくことが、男女を問わず青年農業者の大きな課題ともいえるのではないだろうか。
◆農地は農業の命
自然資源から原材料を取り出すしかないのが私たち人間の宿命なのだが、工業がひたすら消耗し続けていくのに対して、農業は自然資源を再生産し、作り出していくことができる産業である。農業は自然資源に空間的にも関係性としても最も近くに位置しており、生産が即ち自然を作り出す行為そのものでもあるところがこの産業の特徴だ。
中山間地の「里山」に足を踏み入れたゼミの学生たちが「わあ、きれい!、自然がいっぱい!」と叫ぶ先に広がる風景を作ったのは農家の手だ。農家が関わらなかったら「わあ、すごい、竹林ばっかり!」か、「わあ、すごい、何も見えない!」になるに違いない。人の手が十分に入って水路や空き家の管理が行き届いている集落とそうでないところは一目でわかる。オブジェがあるとか、ハーブが植わっているとか、そんなことではない。田畑、木々、あぜ道や農道、納屋や家庭用に高齢の住民が作っている小さな畑や、草刈りがなされ整理整頓されている用水路の脇に自然に生えた野の花が総合的に醸し出す「農業を長く生業としてきた住民の自然との関わり」が生み出す風景こそが、都会から訪れたものが感動する「自然がいっぱい」の正体なのだ。何世代にもわたる農民のたくさんの手間が作ってきた風景だ。
住宅地や商業地とは違い、農地は生産手段そのものであり、農業の命である。同時に単なる土を生産ができる土へと醸成させていくために、何十年も、いや100年の単位で土作りをし、守り育ててきた農地である。だからこそ、農村の「土」は本当は単なる面積では測ることができず、金額もつけられない。
農家出身で、自分はサラリーマンとして生活してきた男性が話してくれたことがある。高度経済成長期、代々耕してきた農地が駅と線路の用地として接収されることになった。引き渡す前に、彼は表土を少しばかり削り取って代替地として与えられた場所に運んだという。まもなくブルドーザーでならされるその土は、駅前の将来の商業地である以前に経済的価値では表現し尽くせない思いを含んでいる。
また、ある農家の女性は夫と一から山を切り開き果樹園を作り、夫と死別してからも一人でずっとここを守ってきた。次々と新しい種類に挑戦し、地域の住民たちと交流し、幾多の苦労を乗り越えてきた。90を超えた彼女のもとに都会から「修行」にやってきた非農家の若者がいた。すべての技術を伝え、望まれるまま果樹園の一部を貸したが、果樹の扱い方の違いが気になって仕方がない。口を出すことははばかられるが、夫と大事に育ててきた木が樹勢を失っていくのではないかと心から心配したという。女性はその後施設に入ったが、これまで自分の果樹園を観に行くことを避けている。それくらい、自分が鍬を入れ続けた土地への想いは強い。そんな土地を継いでいく新規参入者と迎え入れる側には礼儀作法が必要なのだと思う。参入者は農地をこれまで守ってきた農民たちの思いをできる限り理解しようと頑張ることであり、農地を通して所有農家との人間関係を参入以前から時間をかけて結んでいく努力を希望したい。
80年代以降、地球規模で環境問題を考えるべきであるとの思いが広がってはいるが、残念ながら日本政府は環境問題に背を向け続ける。それどころか、唯一、環境資源を再生産できる農業を「自由貿易」という名の「強国一人勝ち貿易」に差し出す有様である。
作り続けようとこれまで通りの努力を繰り返してきた農家の足を引っ張り、障害物を目の前に積みながら、農業は独立自営業であり、農業を動かす原理は確かに経営の論理だ。農家は経営者であらねばならないし、自立して利益を得なければならない。経営がうまくいかねばその責任は個々の農家の努力不足のせいだ。そんなことを口にする経済学者や政治家は信頼に値しない。しかし、同時に、「自分の経営感覚を磨けば誰にも力を借りずにやっていける」と豪語する農民も信頼に値しない。これまで先輩たちが自分たちの土作りに誇りを持ち、共に農業を守るための協同を進めてきた歴史を踏まえ、さらに新しい歴史を積んでいってほしい。
◆「協働」に隠された性別役割分業と長幼の序
一箇所にとどまって頑張りを継続する時には「地に足をつけて」という。あっちゃこっちゃに風に飛ばされ依って立つところがないときに「根無し草のよう」な不安を覚える。いずれも土との距離感がダイレクトに伝わる表現だ。
青年農業者が「地に足をつけて」、そして「根を張り」大地を耕しているときに、どんな言葉を贈れば良いのだろうか。「担い手」を期待され、斬新なアイデアを要求され、それでいて地域の風習や古来の人間関係(男女関係、夫婦関係、親子関係etc. )を直ちに身につけて振舞うことを期待される。親の後を継ぐにせよ、文字通り新規に就農するにせよ、これだけのハードルをクリアしなければならないとすれば、気が引けてしまうのは当然だ。
どんな仕事も同じなのだが、ある人は仕方なく、ある人はやりがいを感じて、またある時はそれこそ幾つもある仕事の一つとして選んだものがたまたま農業だっただけの人もいる。それもまた当然のことだ。それなのに、若いというだけで、すぐに「地域の担い手」に位置付けられるのも、本人からすれば理不尽な話だ。
今、家業の後継者としてではなく、まったく新たに農地を手にして就農する人が増えているという。2008年と2019年を比べると、このような新規参入者と呼ばれる新たな就農者は860人から3240人に増えている(農水省調査)。人口流出と農業の後継者不足に悩む農村で、それは希望の数字だ。だからこそ、迎え入れる側も農地・農機具・ノウハウまですべてを差し出す覚悟で迎え入れるのだが、農村にやってきた青年農業者を迎える困難は農業収入の少なさ、災害との闘い、家父長制的家族関係、地域内の濃密な人間関係の苦しさは、実際にその場に定住して初めて実感されるものなのであり、その辛さや苦しさ、嫌悪感を率直に口に出せる環境が今の農村には必要だ。
とはいえ、青年農業者を迎える側でも試行錯誤を繰り返しながら、自分たちの心づもりを整えている真っ最中だ。集落の人たちは新しい住民に農機具を貸し、農作業を手伝い、日々の暮らしで困ったことはないかを気にかける。JAもTACに代表される地道な支援活動で就農者を支援しようとしている。政府も農業次世代人材投資事業として最長5年間の支援制度を設置している。一方で、そこまでしても、結局補助金が切れる頃になると村から出て行ってしまう青年たちもいる。そんな事態に何度も心が折れそうになってはなんとか立ち上がり、また同じ目に会うのではないかと思いつつ希望を託そうとする先輩農家、すでにあきらめ、希望をもつことをやめてしまっている農家もある。
水利の保守点検作業も消防団も、草刈りや共有施設の管理も、そして村の行事さえも、農業に付随して必要とされる協働の空間なのだが、できればかかわらないままに農村の末席を占めたいと思う新規参入者の気持ちもわかる。特に、兼業農家にとっては貴重な休日を奪われるので、できれば参加は避けたい。
しかも、その空間はいまだに性別役割分業が確固として残る男優位の世界である。ある地域では未だに男性の、男は設営、女は料理に加え、何かと「もてなし」を任される。同じ仕事量かとおもいきや、一日中の調理にかたづけ、行事が終わってもなお、今度はご苦労様会が開かれそのあとの片付けはやはり女の仕事なのだから、できれば早めに行事が終わればいいなと思う青年農業者がいても不思議ではない。「協働」という名称に性別役割分業と長幼の序が隠されているとすれば、その空間にみなさんが是非入り込んで少しずつでも変えていってほしい。女性の農業者は経営権を手にすることを主張する権利を持つ。男性の農業者は女性が自分と同じく農業者として存分にその力を発揮できるよう、家事、育児、介護に関わる問題を共に解決してもらいたい。
例えば......ここまで私は「青年農業者」という言葉を繰り返してきた。読んでくれているみなさんがそこに男性だけではなく女性の姿をまったく同じだけイメージしながら読んでこられたであろうか? そこ、そこがクリアされなければ農業に未来はないと断言する。
◆消費者に若い農業者の思いを受け止める責任が
ところで、農村に青年農業者を呼び込み、後継者に後を継いでもらうためには、まず農業収入を増やすことであり、本人の責任ではどうしようもない自然災害の際の所得保障や瞬時に農地を復旧するための国力の集中的な投入であり、そもそも自然環境を破壊する温暖化を防止する策を世界に歩調を合わせて日本政府が積極的に取り組むことが必要だ。
こうして考えてみると、若い就農者に対して襟を正すべきは農政を行う行政であり、農家が作る食料を糧として暮らす私たちの方だ。「頑張れ」と外野席から応援している場合ではなさそうだ。私たち消費者には、農業を守り、若い農業者の思いを受け止める責任がある。食料の生産と自然資源の再生産を同時に行なっている農業者と手を組むことは、そのどちらもが国際的な課題となっている今だからこそ、なおのこと、多様な資源を次世代に引き継がねばならない私たちの側の問題だ。
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