JAの活動:第67回JA全国青年大会特集号 持続可能な社会をめざして 切り拓け! 青年の力で
【エール:切り拓け! 青年の力で】『「農の営み」再生へのメッセージ 柳田国男と宇沢弘文』佐々木実 ジャーナリスト2021年2月17日
JA全国青年大会開催に当たり、ジャーナリストの佐々木実氏に『「農の営み」再生へのメッセージ 柳田国男と宇沢弘文』として寄稿してもらった。
佐々木実 氏都市は農民の従兄弟によってつくられた
新型コロナのパンデミックが招いた世界的な経済危機をかつての世界大恐慌と比較する論者は少なくない。世界大恐慌の時期、日本は昭和恐慌に見舞われ、とりわけ農村の疲弊は目を覆わんばかりだった。柳田国男(1875-1962)が農村の貧困問題を都市との関係で捉えた『都市と農村』を出版したのは昭和4(1929)年だった(現在も岩波文庫で読むことができる)。
『遠野物語』などを著した柳田は民俗学の父として知られるが、若いころ農政官僚だったことはほとんど忘れられている。たしかに農商務省で農政に携わった期間は短かったし、柳田が最善と考えた農政が実現できたわけでもなかった。しかしながら、民俗学者に転じてからも、農村は彼の最大の関心事でありつづけた。
『都市と農村』で柳田は、日本の都市は「農民の従兄弟(いとこ)」によって作られたと表現している。中国や中世ヨーロッパの都市は高い城壁に囲われ外部と隔絶していたが、日本ではそんな城壁はなかった。都市の住人も2、3代さかのぼれば農村からの移住者で、都市と農村に境界線を引くことなどできなかった。
ところが、近代化が進み産業が発展すると関係は変わった。「農は到底工と肩を比べることができず、そのためにかつては兄弟の関係にあったものも、追々に別れて対立の姿になろうとしている」と柳田はのべているが、要するに、近代化の原動力たる市場経済制度に対応できず、農村は工業、商業の拠点である都市に遅れをとった。柳田は言う。
〈農民が何よりも先に知らなければならぬことは、我々の国土と生存の欲求とが、夙(と)くの昔に農ばかりでは維持し得ぬ境涯まで進んでいることと、今日大小の市場がまったくその欠陥の補填のために、設けられたものだという事実である。村に市場(いちば)があり市日(いちび)が定められ、わずかの旅人が周囲の小生産者の中に交って、彼らの消費残りの品々を取換えた時代と、都市の市場(しじょう)とは漢字に書くから同じだが、目的はまったく別で、一は他の成人したものではなかった〉
「いちば」が「市場」に
「市場(いちば)」が「市場(しじょう)」となったことに「市場経済の出現」という歴史的大事件を集約させている。都市の「市場(しじょう)」は、村の「市場(いちば)」が大きくなったものではない。問題は、近代的な市場経済の勃興に農民が無自覚なままでいることだ。とはいえ、矛先は農民に向けられているわけではない。農民が「市場(しじょう)」と向き合うことを阻止しているのはほかならぬ政府だからだ。柳田の農政批判は手厳しい。
〈農業を保護してそれで農村が栄えるものならば、現代の保護はかなり完備している。米籾の輸入には関税をかけ、それでも安くなる懸念があれば、国で買上げても市価を維持する途(みち)がある。その他金融の便宜、倉庫の設備、それよりもさらに有効なる直接の奨励補助のごとき、ほとんど手段の尽し得る限りを試みんとしている。これまでの世話焼は前代にも例なく、また恐らくは外国にも類がない。世間では農業が衰微するからこうして救うのだと考えているらしいが、それは事実に反するのみならず、また救われるべきものが救われてはいないのである。つまりこの方法ばかりでは農村衰退の問題が解決し得ぬことを、ようやくこの頃になって我々が経験したのである〉
まるで現在の農政への批判のようだが、「国家による保護はむしろ農村を衰退させている」という認識には、「農業」と「農村」を明確に分ける柳田独自の視点がある。
明治このかた政府は、富国強兵の一環として農業振興を捉え、農村を食糧の生産地、都市の労働力や軍の兵力の供給源とみなし、市場経済から「保護」した。だが、保護領域へと「農」を囲い込む政策はかえって農村がもっていた総合的な力を奪い、農村に存在した多様な仕事の多くを都市の商工業者らに引き渡してしまう結果を招いた。
農村の経済自治を回復する「農民組合」
市場経済に解体された農村の「経済自治」をいかに回復するか。柳田が目を向けたのは「農民組合」だった。「小農」が相互扶助する仕組みとしての協同組合に期待したのである。
〈小さな町と農村とにおいては、ある程度までは団体の自力を以て、改革を実行する希望があるように思われる。もし幸いにして事情の相似たる町村が数あったとすれば、一方の冒険は他方の安全なる実験方法であって、徐々にその方法を改良して行くこともできる。私が弘(ひろ)く全国に向って農村の協同を希望し、組合主義をこの問題の研究訓練の上にまで、及ぼしてみたいと考えている理由はここにある〉
民俗学の泰斗は、「ユイ」や「タノモシ」や「モアイ」あるいは入会権にもとづく共有地などの例を挙げながら、かつて農村が「協同」「共同生産」の仕組みをもっていたことを力説する。「現代農村の新たなる経済事情において、ようやくその意義を認められんとする組合の思想は、必ずしも全然我々の祖先の、学び知らざるところではなかったのである」と柳田は説いている。
国家に依存せず、協同による経済自治を目指す柳田の「組合の思想」は結局、実際の農政に反映されることはなく、「農政学者・柳田国男」は忘れ去られた。
柳田の意外な後継者・宇沢弘文
しかし、時を経て、意外な後継者が現れる。経済学界で世界にその名を知られた宇沢弘文(1928-2014)である。
米国のスタンフォード大学、シカゴ大学に在籍して数々の業績を挙げた宇沢は、40歳を迎える年に帰国した後、一転して自らも貢献した主流派経済学を批判するようになり、独自の社会的共通資本の経済理論を築いた。
主流派経済学が「社会=市場」であるかのようにもっぱら市場均衡のメカニズムを分析するのに対して、宇沢は、市場経済は社会的共通資本という土台のうえで営まれる(「社会=市場+非市場」)として、社会的共通資本の概念を提唱した。その重要な構成要素は(1)自然環境(大気、森林、河川、水、土壌など)(2)社会的インフラストラクチャー(道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなど)(3)制度資本(教育、医療、司法、金融など)である。
すべての要素に関わる農業を、宇沢は重要な社会的共通資本とみなした。農業は「外部性」が大きい。「外部性」は経済学の用語で、市場取引を介さないで経済主体が相互に与え合う影響を指す。たとえば、農業は自然の保全機能をもつがその効果に対価は支払われない。
畜産や林業、水産業を含む広い意味での「農業」は「農の営み」と捉えるべきとして、宇沢は次のように語っている。
〈農業の問題を考察するときにまず必要なことは、農業の営みがおこなわれている場、そこに働き、生きる人々を総体としてとらえなければならない。いわゆる農村という概念的枠組みのなかで考えを進めることが必要になってくるわけである〉(『社会的共通資本』岩波書店)
コモンズとしての農村を
「農業」と「農村」を峻別した柳田国男とまったく同じ発想だ。宇沢の農業論は農業基本法(1961年公布)の批判に始まるが、矛先は市場経済制度における効率性の基準を工業部門とまったく同じように農業部門に適用する姿勢に向けられる。最たる例が、一戸の農家をひとつの企業(事業体)に見立てるような考えだ。
市場経済で農村が自立するには、一戸一戸の農家ではなく、「コモンズとしての農村」を経営単位と見なければならない。そう宇沢は主張した。柳田国男における「農民組合」に対応する概念とみていい。数十戸から百戸前後を宇沢は想定しているが、根底にあるのは、本来は利点であるはずの農村の「外部性」が、市場取引を介さないがゆえに市場経済では評価されず、むしろ弱点になってしまうという認識だ。外部性の効果を十全に発揮するには、「コモンズとしての農村」を形成する必要があるわけだ。
締めくくりに、「農の営み」への宇沢の説明を紹介するが、「農の営み」に携わる人たちへの激励の言葉でもあることを言い添えておきたい。
〈農の営みというとき、それは経済的、産業的範疇としての農業をはるかに超えて、すぐれて人間的、社会的、文化的、自然的な意味をもつ。農の営みは、人間が生きてゆくために不可欠な食糧を生産し、衣と住について、その基礎的な原材料を供給し、さらに、森林、河川、湖沼、土壌のなかに生存しつづける多様な生物種を守りつづけてきた。それは、農村という社会的な場を中心として、自然と人間との調和的な関わり方を可能にしてきた。どの社会をとってみても、その人口のある一定の割合が農村で生活しているということが、社会的安定性を維持するために不可欠なものとなっている〉
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