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JAの活動:築こう人に優しい協同社会

【2021年を顧みて】谷口信和・東京大学名誉教授(上)晩秋の山と成熟社会 「日本の姿」なお途上2021年12月20日

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本紙は今年「コロナ禍を乗り越え、築こう人に優しい協同社会」をテーマにJAの活動レポートや識者から提言を発信してきた。2021年も残すところわずか。谷口信和東京大学名誉教授に「回顧」と、2022年の課題を提起してもらった。

谷口信和 東京大学名誉教授

晩秋の山の日本社会

「秋の北アルプスの山々は、私には山自体が被服をかなぐり捨て、一切の粉飾を洗い落として素肌をあらわした姿のように思われる。索漠とした中に何かほのぼのとした親しみが感じられる。山肌の刻む小さな凹凸、風雨に削られた微妙な起伏にも、山襞の宿す陰影にさえ、長い年月山がくぐりぬけ、長い地史の中をあゆみつづけた忍従の姿がしのばれて、私はしみじみと眺める。私は秋の山に向かって心からいたわりの言葉をかけたい気持になる」。稀代の山岳写真家・田淵行男はこう述べて、木々がすっかり葉を落とし、山が素肌を見せる晩秋の姿に心を寄せた(『山の季節 田淵行男写真集』朝日新聞社、1969年)。

2021年を顧みる文章の執筆を依頼されて、私の脳裡に最初に浮かんだのがこの言葉であった。1964年の東京オリンピックは山に例えれば、恐らく早春から初夏にかけての草木萌ゆる季節であった。そして、それから半世紀の時を隔てた2021年の東京オリンピックは晩秋の山の季節に相応しい。だとすればそれは成熟社会日本の姿を「一切の粉飾を洗い落として素肌」で示すものであったはずである。ここで「あったはず」と言ったのは、一方で成熟社会の姿が示されなかったからであり、他方で日本の現実社会の素肌をあからさまに示していたからに他ならない。

2021年の「時の人」 元首相森喜朗氏

今年の時の人を挙げよと問われたら、私は東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会前会長の森喜朗氏を推薦する。森氏の問題発言はこれまでもたくさんあったのだが、「スポーツの祭典」が東京で開催される年の「女性蔑視発言」は日本社会の闇が表の姿=素肌だったことをいかんなく示した。まさに表彰状ものである。これほど多くの国民が、どこが女性蔑視なのかをめぐって意見交換したことは余りなかったのではないか。

私がここに注目するのは三つの理由がある。第一に森氏が会長を辞任するきっかけとなったのが「女性」である孫娘が引導を渡したことであり、第二に後任会長は森氏が「指名」した「男性」の川淵三郎氏ではなく、「女性」の橋本聖子氏に落ち着いたからである。第三に森氏一人が悪者にされたが、日本社会が「女性蔑視」のエーテルに浸りきっていることがオリンピックを通じて白日の下に示されたからである。

第一と第二の理由は日本社会が女性蔑視から抜け出す重要な契機となったので、容易に理解されるだろう。しかし、第三の理由は極めて分かりにくいかもしれない。

それはオリンピックに出場した男子の野球チームが「侍ジャパン」と呼ばれ、女子サッカーチームが「なでしこジャパン」の愛称をもっていることに国民のほとんどが違和感をもたないからである。前者は「侍」=人の組織として考えられているが、後者は人の組織ではなく、「なでしこ」=花の集まりとしか認識されていない。

なでしこは男性(人間)が愛でる花(植物)でしかない。陸上400mリレーの男子選手たちがトラックに入るときに行った型は腰に差した「刀」を抜くものであったこともこれに対応している。差別や蔑視はありふれた日常生活に宿っており、容易には気がつかないものである。

途上国並みの「先進国」日本の姿

こうした女性の地位の低さは賃金をめぐる三つの現実とも密接に絡み合いながら、2021年にはOECDの賃金統計とともに白日の下に晒(さら)された。第一は、1990年以降の一貫した賃金水準の低迷により日本が低賃金国に転落していたことである(OECD38カ国中の第25位)。第二は、男女別の賃金格差はほとんど縮小せず、格差が第3番目に大きな国に止まっていることである(女性の地位の低さ)。第三は、賃金の企業規模間格差が拡大するとともに、非正規労働者割合が4割程度に達しており(ここでも女性の比重が著しく大きい)、未婚者・非婚者が増加していることである。

このような日本の厳しい現実を示す数字や余りに低い世界的なランキングは枚挙にいとまがない。にもかかわらず、深刻な事態を抜本的に変革しようという機運が盛り上がらないのはなぜなのか。その謎の一端は世代間の意識の差が大きいことにあるのではないか。

一方では、戦後の団塊世代を中心とする高齢者の仲間入りをしている世代がそれなりに到達した「中産階級」の境遇への「成功体験」から完全には自由になりえていないことが指摘できる。いわゆる「認知バイアス」である。

1945年生まれの世代が45歳で社会の中核となって活躍していた1990年代にバブルは完全に弾けた。そして平成の30年間は失われた10年、失われた20年と過ぎて、今日では失われた30年という表現すら存在するところまで来てしまった。だが、1980年代末に日本に与えられたJapan as number one の称賛に未だに酔いしれていて、「見えるものを見る」のではなく「見たいものを見る」感覚に止まっている実態が存在している。

他方では就職氷河期の1990年代に高校・大学を卒業して社会人となった団塊ジュニア世代は今日では45歳を前後する年齢階層に到達して、幸運にも正社員の地位と昇進を実現したグループと非正規不安定就業者の地位に止まり続けるグループに二極化され、構造が固定化されている。

前者は団塊世代と類似した成功体験感覚をもつのに対して(認知バイアスに陥っている)、後者は劣悪な就労環境が日常化していることから「手元の利用可能な情報を選択して見る傾向」=「利用可能性バイアス」に囚われているといえる。前者は自分たちの「成功」を自助努力によるものと考えがちであり、後者の不遇を努力不足に解消しがちなのではないか。反対に後者は前者の「成功」を自分たちとは異質の世界のものと考える一方、自らの周辺の不遇を天与のものとして甘受する傾向に陥っている。


【2021年を顧みて】谷口信和・東京大学名誉教授(下)分断と対立の克服 協同運動に可能性

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