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JAの活動:第42回農協人文化賞

【第42回農協人文化賞】厚生福祉部門 広島県厚生農業協連吉田総合病院名誉院長 住元一夫氏 農村医療の砦を自負2022年2月16日

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広島県厚生農業協同組合連合会吉田総合病院名誉院長 住元一夫氏広島県
厚生農業協同組合連合会
吉田総合病院名誉院長
住元一夫氏

吉田総合病院は、毛利元就の城下町で、広島県北部の中山間地域に位置し、その歴史は古く78年目を迎えています。昭和18(1943)年、高田郡(現安芸高田市)の医療状況は乏しく、農業協同組合の前身である当時の産業組合の組合長や組合員が、地域住民に粘り強く医療施設の必要性を説得し、広島県初の農協病院を開設するに至りました。さらに、開設する際には、自治体から病院用地の寄付を受け、農村医療の砦(とりで)として農村に支えられ育まれた病院であります。

平成9(1997)年10月、吉田総合病院へ外科の立て直しのため医局の命令で外科主任部長として赴任しました。当時吉田総合病院は、安芸高田市唯一の総合病院(340床)で、救急病院(1次・2次救急対応)として、また広島県唯一の総合病院併設の精神科棟(開放60床、閉鎖60床)を保有し身体合併症地域連携拠点病院等の役割を担っていました。さらに昭和63(1988)年、県内唯一、入院病床からの一時的な受け皿の機能を持つ老人保健施設60床を併設していました。さらに、へき地医療拠点病院として、無医村の診療所へ医師を派遣するなど、医師の偏在解消に向けた取り組みを行っていました。

しかし赴任当時赤字続きの病院で、その原因は、地元医師会からの信頼が乏しいのが現状でありました。そこで、特に手術件数の増大を図る目的で、医師会の先生方の紹介を促すために積極的に医師会に参加し後述のごとく協力していただき1年で黒字病院に転換できました。

平成14(2002)年に病院長就任時から当時の小泉純一郎首相時代の政権により10年間右肩下がりの診療報酬マイナス改定(約10%減)により病院収入が大きく減少しました。この際には、人工腎透析センターの透析患者数増大を図り、また健康管理センターの受診者を大幅に増加させたことで、県北最大規模に育て上げ、経営収支を連続黒字化にすることができました。

病院と地元医師会との親密な協力連携、さらに行政との町ぐるみでの連携は、ご当地医療、介護の地域包括ケアシステムの確立に必要であると考え、十数年前より年2回の病診連携懇親会の開催、また安芸高田市医師会学術講演会(1、2カ月ごとに)を当院で開催し、医師会員と病院勤務医の医療知識を共有するなど顔の見える関係を構築しました。おかげで、平成22(2010)年度、当院医師の負担軽減のため、日曜・祝日日勤帯の初期救急について、医師会の先生方の好意により、休日・祝日の医師会の在宅輪番制を見直し、医師会員(開業医)が病院に出向き、外来診療や救急対応を行う輪番体制へと構築していただきました。

また訪問看護ステーションは、以前当院にもありましたが、医師会が経営する訪問看護ステーションと競合することから医師会長の要請により医師会の訪問看護ステーションへ移管、統合しました。これにより当院と医師会との在宅医療・介護の連携がより円滑となりました。

平成12(2000)年9月、安芸高田市医師会理事、平成14(02)年9月から安芸高田市医師会副会長として、中山間地域の医療を守るため、行政と緊密に連携を取りながら、救急医療をはじめ、地域医療連携や医療介護連携等地域の医療・保健・介護・福祉向上の取り組みをさらに進めました。

少子高齢化社会が進む中、高齢者等が住み慣れた地域で安心して暮らし続けるためには、医療・介護資源を効率的に活用できる病床の機能分化は重要となります。すなわち当院の病床の機能分化として、平成11(1999)年一般病棟(54床)の5階病棟を医療型療養病棟に転換したのをはじめ、平成26(2014)年には、一般病床(54床)3階病棟を地域包括ケア病棟に転換。一般病床111床、地域包括ケア病棟を含め計220床の機能分化となり、当該病院を急性期から慢性期まで有するケアミックス病院に転換しました。

また、病床の機能分化により退院支援を効率的に行うためには、医師、看護職員、薬剤師、ケアマネージャー、訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所などの多職種の協働による安芸高田市の実情に応じた、効果的で良質な在宅医療介護支援体制の構築が必要です。

市長を囲む懇親会(自宅) 【右から理事長、医師会長、JA 組合長、副医師会長、市長、議長、副医師会長、専務取締役、自分(2011 年当時)】市長を囲む懇親会(自宅)
【右から理事長、医師会長、JA 組合長、副医師会長、市長、議長、副医師会長、専務取締役、自分(2011 年当時)】

平成25(2013)年12月より、県、のちに市から在宅医療・介護連携推進事業の委託を受け入れ、地域医療連携室が中心となり、地元医師会並びに介護施設、訪問看護等の多種事業所との連携を図りながら、在宅医療推進プロジェクト会議や在宅医療推進多職種連携研修会、在宅医療ワーキング会議(退院支援部会・看取り部会・資源マップ部会)、また介護施設や市民への啓蒙活動として市民公開講座、ミニ市民講座などを毎年、開催。安芸高田市における地域包括ケアシステム構築や在宅医療介護連携強化の礎を築くことができました。

以上のように病院と地元医師会との親密な協力連携、さらに行政と町ぐるみでの連携推進によって、ご当地医療、介護の地域包括ケアシステムによる医療・保健・介護・福祉の取り組みが進み、現在に至っています。

住元氏色紙座右の銘

【略歴】
すみもと・かずお 昭和28(1953)年生まれ、昭和54(1979)年3 月広島大学医学部卒業、広島大学医学部第2 外科入局、昭和63 年3 月広島大学大学院(医学系研究科)修了、同年医学博士号授与、平成9(1997)年10 月より吉田総合病院勤務、外科主任部長、平成10(98)年診療部長、平成13(2001)年副院長、平成14(02)年病院長、理事兼務、令和3(21)年名誉病院長、顧問。

【推薦の言葉】
地域医療体制を確立

住元氏は特に、へき地医療拠点病院として、へき地へ医師を派遣するなど、医師の偏在解消に尽力した。また、地域住民が地域で安心して療養を継続できるように、当該病院を急性期から慢性期まで有するケアミックス病院に転換し、人工腎透析センター、および健康管理センターについては、県北最大規模に育て上げた。
地域包括ケアシステムでは、広島県から「在宅医療推進拠点整備事業」を受託し、在宅医療推進プロジェクト会議や在宅医療推進多職種連携研修会、在宅医療ワーキング会議を開くなど責任者として事業を完遂した。さらに地域の基幹病院として安芸高田市における地域包括ケアシステム構築や在宅医療介護連携強化の礎を築いた。病院長退任後も、名誉院長として、中山間地域の組合員、そして地域住民の命と健康を守るため、当該病院健康管理センターで指導・活躍している。

【第42回農協人文化賞 受賞21氏の「体験と抱負」紹介】

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