【クローズアップ日米交渉】「農業」差し出しに躍起【評論家・孫崎享】2019年8月26日
日米両政府は8月25日、閣僚級協議を続けてきた日米交渉の大枠で合意し、フランスでのG7の開催中の日米首脳会談で9月に協定書に署名する見通しを示した。農業分野では昨年9月の日米首脳共同声明に基づき、TPP水準を譲歩の上限とするとしていたが、牛肉の関税引き下げは前倒ししてTPP参加国とただちに同じ水準に引き下げることに合意したとされるなど、早くもTPP水準以上の譲歩ではないかと疑問も出ている。そもそものこの日米交渉の本質は何か。元外交官の孫崎享氏は「農業を差し出して、トランプ大統領の歓心を得ようと躍起になっている」と日本政府を批判、農業関係者が強く発言すべきときに来ていると強調している。
私達は日米交渉を見る時に、今日のトランプ政権は歴代政権の中で、極めて特殊な政権であるということを理解する必要がある。トランプ大統領ほど、次の大統領選挙での勝利を目的に、政権運営をしてきた者はいない。 トランプ大統領は発言が目まぐるしく変わり予測が困難な人物との評価があるが、私はそうは思わない。彼は比較的わかりやすい。
(1)次期大統領選挙での再選を最優先する
(2)政策を世論に合致させる
(3)世論は米国全体ではなく、共和党支持者、それもトランプの熱狂的支持者の反応を最重視する
(4)単純なスローガンを多用する。「AMERICA FIRST(米国第一」「MAKE AMERICA GREAT AGAIN(アメリカを再び強く)」
(5)強者の論理で臨む。弱者の論理は捨てる。
(1)に関して言えば、大統領就任後、トランプ氏が選挙集会に出席したのは、2017年10カ所、2018年は約40カ所、2019年は約10カ所である。彼の頭の中では大統領選挙が始まっているのである。
トランプ政権は支持基盤を「白人男性」を主体とし、主たるスローガンを「MAKE AMERICA GREAT AGAIN(アメリカを再び偉大に」としている。
ここで一寸考えてみよう。「再び偉大に」ということは、どこかの国によって、アメリカが今日「偉大」と言える状況にないことを意味している。それはだれか。それは中国であり、かつての日本である。
トランプ氏は1980年代から政治的発言を行ってきているが、思想は今日とほぼ同じである。その時、彼が強く意識したのは、日本である。
この点に関しては、2018年10月15日付朝日新聞の佐藤武嗣編集委員著「(政治断簡)牙むく米国、造語こじつける日本」が参考になる。
「トランプ米大統領の貿易に関する過激発言は、パフォーマンスの一環で、安倍晋三首相との『蜜月』で乗り越えられる。そんな楽観論が国内に漂っていたが、9月末の日米首脳会談で空気は一変した。
トランプ氏の日本車に対する圧力は過小評価すべきでない。米大統領選で特派員として同氏をウォッチしてきた経験から私はそう思っていた。
2015年6月16日のニューヨーク・トランプタワー。共和党予備選への立候補表明で会見に臨んだトランプ氏が強烈だった。『米国はひどい苦境に陥っている』と切り出すと、中国に次いで日本を名指し。"日本は数百万台の自動車を送りつけているのに、我々は何をしているのか。諸君、東京にシボレーは存在しない。ヤツらは常に米国を打ち負かしてきた"と敵意をむき出しにした。」
◇ ◇ ◇
トランプは1946年6月14日(72歳)生まれである。1970年代、80年代、90年代実業家として活動した。この当時日本企業は米国経済界を凌駕していった。自動車業界は、米国のGM、フォード、クライスラーを窮地に追い込んだ。彼にとって、「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」で勝つべき相手の一つが日本なのである。
さらにトランプ大統領の強く意識する選挙動向を見てみたい。
トランプ大統領が次期大統領選挙に勝利するには自動車産業関連の州で勝利することが求められる。米国大統領選挙の特徴は米国全体の得票数でどちらが勝つかではなく、各州毎に大統領の「選挙人」を選ぶことになっており、しかも、各州毎の選挙人は全取りである。そして、テキサス州は共和党、カルフォルニア州は民主党のように、どの党の候補を支持するかについて不動の州があり、実質的に選挙戦を左右するのは選挙ごとに揺れ動く州の動向である。自動車関連の州は労働者が多いため、一般的に民主党支持が多かったが、トランプ氏は自動車関連のウィスコンシン、ミシガン、オハイオ、ペンシルベニア州に対して、「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」を訴え、この地域に新たな職を確保すると主張し、勝利した。これはトランプ大統領が獲得した選挙人の4分の1を占める。彼が再選されるか否かは、この4州の動向がカギといっていい。
したがって日米貿易交渉の主体は「日本の自動車の対米輸出をいかに抑えるか」になる。
問題はこれに対して日本政府はどう対応するかである。
◇ ◇ ◇
日本政府は自動車産業に対する被害を極力少なくするためにあらゆる手段を講じようとしている。そこで出てきたのが牛肉を含め農産物である。農産物での米国の要求を極力受け入れようとしているのである。そして、この方針は、大枠、米国に伝達している。それは何も私が勝手に想像している訳でない。当事者のトランプ自身が述べていることである。
トランプ大統領は、5月25日来日し、26日次のツイートを行った。
「日本との貿易交渉で大きな進展が見られた。農業と牛肉が重点的な対象。多くは7月の選挙まで待つ。大きな数字を予測している(Great progress being made in our Trade Negotiations with Japan. Agriculture and beef heavily in play. Much will wait until after their July elections where I anticipate big numbers)
トランプ氏が日本との交渉で成果を上げるのは今すぐでなくてもいい。来年の大統領選挙の11月まででいい。
日米交渉では、日本との関係だけでなく、米中交渉の影響も出てきた。米国は中国製品に対して、新たな関税を課したが、中国はその報復の手段として米国の農産品の輸入を控える行動に出た。
8月13日共同通信は「米、日本に農産品購入要求 対中輸出減の穴埋めか」の表題の下、次の報道を行った。
「トランプ米大統領が安倍首相に対し、米農産品の巨額購入を直接要求していたことが13日、分かった。対中国輸出が貿易摩擦で減少しており、穴埋めを求めた形。これまでの会談でトランプ氏は大豆や小麦など具体的な品目を挙げたとされ、米政権は対日貿易赤字の削減を目指して進めている日米貿易交渉の枠組みとは別に購入を迫っているという。日米両政府の関係者が明らかにした。
貿易交渉への悪影響を警戒する日本政府は本格的に対応を検討。具体策は固まっていないが、アフリカ食料支援の枠組みを活用し、輸送費を含め数億ドル(数百億円)規模で購入する案が政府内で浮上している。」
◇ ◇ ◇
かつて自民党は政権維持のため、農業県を大事にした。しかし、今やその姿勢が消えた。
「農業」を差し出して、トランプ大統領の歓心を得ようと躍起になっている。
私はかつて国家の主権がなくなっていくとTPPに強く反対した。その時ある農業関係者が次のように述べた。「TPPで農業に不利になるのは解っているが、日本はアメリカに守ってもらっているから」
でもその時代が終わったことを紹介したい。
米国有数のランド研究所が2015年「アジアにおける米軍基地に対する中国の攻撃」という論文を発表した。
○特に着目すべきは、米空軍基地を攻撃することによって米国の空軍作戦を阻止、低下させる能力を急速に高めていることである。
○1996年の段階では中国はまだ在日米軍基地をミサイル攻撃する能力はなかった。
○中国は今日最も活発な大陸間弾道弾プログラムを有し、日本における米軍基地を攻撃しうる1200のSRBM(短距離弾道ミサイル)と中距離弾道ミサイル、巡航ミサイルを有している。
○ミサイルの命中精度も向上している。
○滑走路攻撃と基地での航空機攻撃の二要素がある。
○ミサイル攻撃は米中の空軍優位性に重要な影響を与える。
「米国が日本を守ってくれているから、農業分野で打撃があっても甘受しなければならない」という論は今や通じない。次々と日本の農業を弱体化させる政権に対し、農業関係者が強く発言すべき時に来ている。
(関連記事)
・【緊急寄稿:日米FTA】まさに「失うだけの日米FTA」【 東京大学教授・鈴木宣弘】(19.08.26)
・【講演・孫崎享 氏】「壁」の次はニッポン トランプ大統領の戦略(19.02.06)
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