G7広島サミットの功罪 共同宣言「効力」は9月まで ウクライナ問題解決へ安易な認識 外交評論家 孫崎享氏2023年6月14日
G7広島サミットからまもなく1か月。改めてその成果をどう見るか? 「G7広島サミットの功罪」として、改めて元外交官で国際問題に詳しい外交評論家の孫崎享氏に寄稿してもらった。
ウクライナ支援への結束 最大テーマに
外交評論家 孫崎享氏
先進7カ国首脳会議(G7サミット)は5月19日から21日まで広島で開催された。G7会議の結果は通常コミュニケで発表される。今回のコミュニケは、前文、軍縮・不拡散、インド太平洋、世界経済・金融、気候、エネルギー、経済的強靱性・経済安全保障、食料安全保障、デジタル、ジェンダー、地域情勢の項目を持ち、莫大な字数である。多分どの首脳も全文を読んでいないのでないかと思うほどである。
コミュニケでは「ロシアによるウクライナに対する侵略戦争」を、改めて可能な限り最も強い言葉で非難している。「ロシアによる残酷な侵略戦争は、国際社会の基本的な規範、規則および原則に違反し、全世界に対する脅威である」としている。かつ会議においてはゼレンスキー・ウクライナ大統領の出席を求めた。今次サミットはウクライナ問題に関するロシア糾弾と、ウクライナへの支援への結束が最大のテーマであったと言えよう。
だが私は今次G7において最も重要な点は、G7がいかなる合意をするにせよ、それはすぐに世界の秩序を作ることにならないということにあると思う。
ウクライナ問題解決への安易な認識
GDP(国内総生産)を正確に測るのに最も適しているのは購買力平価ベースである。2023年1月時点でのCIA作成数値は表のとおりである(表は作者制作)
表で注目される点を見てみたい。
①中国のGDPは 24・9兆ドル、米国は21・1兆ドルと、中国が米国を抜く、
②非G7の上位7カ国合計がG7の7カ国合計を上回る
③インドは米国、中国に続き3位であるが、米中とは相当の格差がある、
④インドネシア、ブラジルのGDPは英国、フランスに匹敵する――。
G7でいかに強い対ロシア、対中国ブロックの形成を目指そうとしても、世界の他地域は同調しない。それが顕著なのはウクライナ問題であり、米欧を除く多くの国はロシア糾弾には同意はするが制裁には参加していない。
私は「このコミュニケの賞味期限は9月末まで」と言っている。コミュニケは「ウクライナに対する我々の外交的、財政的、人道的および軍事的支援を強化し」と述べ、この方針を貫けば、ロシア軍を排し、ウクライナ問題が解決するとの安易な認識がある。たぶんこの見通しは実現しない。
ウクライナは6月以降反攻すると述べてきている。それに備えて、ドイツ製戦車「レオパルト2」や米国製F16等高度な兵器の供与が決定されている。だがロシア軍は当然ながら強固な抵抗を行う。
世界の軍人で最も権威あるのは米軍統合参謀本部議長であろう。その地位にあるマーク・ミリー統合参謀本部議長は「ウクライナ全土からすべてのロシア人を物理的に追い出すことができるかという実際的な問題は軍事的にこれを行うのは非常に困難であり、莫大な血と財宝が必要です。このため、誰かが交渉のテーブルに着く方法を見つけようとしており、それが最終的にこの問題が解決される場所です」と述べている。
本来G7はこうした情勢判断に基づき、「交渉のテーブルに着く方法を見つける」努力をしなければならなかったと思う。
中国への姿勢めぐる対立も
今一つ大きい問題は中国であった。今回のG7の大きな特色は、中国には強硬姿勢で臨もうとする米国と、これに躊躇(ちゅうちょ)するフランス等の間で対立があったことである。
米国内には台頭する中国への警戒心がある。すでにみたように、購買力ベースのGDPでは米国 21・1兆ドル、中国24・9兆ドルと中国の方が大きくなっている。2023年ギャラップ社が行った世論調査の中で、「米国の最大の敵国はどこか」の問いに中国50%、ロシア32%、北朝鮮7%、イラン2%、アフガニスタン1%となっている。ウクライナでロシアが戦争を行っている時にもかかわらず、中国の脅威の方が大きい。
グレアム・アリソン(ハーバード大学ケネディ行政大学院初代学長)は今日の米中関係について、「トゥキディデスの罠」という言葉でその危険性を警告している。
「古代ギリシアの2大都市国家(アテネとスパルタ)間の競争は、なぜ、それぞれが最も大切にしていたものを破壊する戦争に発展したのか。トゥキディデスによると、その根本的な原因は、新興国(ナンバーワンの座を脅かす国)と覇権国(ナンバーワンの国)の間に生じた大きな構造的ストレスにある。アテネとスパルタの競争がヒートアップするにしたがい、それぞれの国内で強硬派の声が大きくなり、プライド意識が強まり、敵の脅威論が高まり、平和を唱える指導者は厳しく批判されるようになる。トゥキディデスによれば、このダイナミクスを戦争に発展させる原因は三つある。それは国益、不安、名誉だと指摘した。
今まさにナンバーワンであった米国がナンバー2の中国に追い上げられ、米国人は「国益、不安、名誉」が傷つけられたと思っている。そして米国は、中国に対抗するのに、米国単体だけでなく、G7全体として対抗することを考えた。
仏大統領が先手 反中同盟にクギ
ところが、予想しないことが起こった。マクロン仏大統領は4月上旬多くの経済人を引き連れ3日間の中国公式訪問を行った。そしてロイターは次の報道をした。「マクロン氏は中国訪問中、仏紙レゼコーと米政治専門サイト・ポリティコの共同インタビューに応じ、欧州は対立を加速させず、米中間の第3極としての地位を築くために時間をかけるべきであると発言。ポリティコによると、マクロン氏は、"最悪の事態は、欧州がこの話題(台湾問題)で追従者となり、米国のリズムや中国の過剰反応に合わせなければならないと考えることだ"と語った」。
つまりG7首脳会議直前に、マクロン仏大統領は「反中同盟に加わらない」と表明した。
こうして、G7のコミュニケを見ると、対中強硬論と対中融和論の混在した不思議なものとなっている。
まず折衷の姿勢の表現に次がある。
「我々の懸念を中国に直接表明することの重要性を認識しつつ、中国と建設的かつ安定的な関係を構築する用意がある」
融和的立場の表現を見てみたい。
・グローバルな課題および共通の関心分野において、国際社会における中国の役割と経済規模に鑑み、中国と協力する必要がある。
・我々の政策方針は、中国を害することを目的としていない。
対抗的立場を見てみよう。
・我々は公平な競争条件を求める。我々は、不当な技術移転に対抗する。我々は国家安全保障を脅かすために使用され得る先端技術を保護する必要性を認識する。
・東シナ海および南シナ海における状況について深刻に懸念している。我々は、力または威圧によるいかなる一方的な現状変更の試みにも強く反対する。
・我々は、台湾海峡の平和と安定の重要性を再確認する。
・チベットや新疆ウイグルにおけるものを含め、中国の人権状況について懸念を表明する。
・我々は香港における中国自らのコミットメントを果たすよう求める。
・我々は、中国に対し、ロシアが軍事的侵略を停止し、即時に、完全に、かつ無条件に軍隊をウクライナから撤退させるよう圧力をかけることを求める。
中国の隣国に位置する我々は、「対中政策強硬姿勢がG7内でも共通の政策になりえなかった」ということを十分認識し、対中政策のありさまを考えるべきだと思う。
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