「輸出と輸入に依存する日本の食料」 『白書』に見える危うい構図 田代洋一氏2024年5月31日
政府は5月31日の閣議で「食料・農業・農村白書」を決定した。今回の白書は29日に参議院で可決、成立した改正基本法が制定されるまでの基本法の検証・見直しを特集しているほか、トピックスではスマート農業は農福連携、能登半島地震などを取り上げている。本文では新たに「環境と調和のとれた食料システムの確立」をテーマとして第2章に位置づけた。今回の白書をどう見るか、横浜国大名誉教授の田代洋一氏は「基本法改正を先取りする点に特色がある」と指摘する。
横浜国立大学名誉教授 田代洋一氏
基本法改正の先取り白書
改正前の食料・農業・農村基本法の最後の白書として、同法20年の農政を総括すると思いきや、「中間取りまとめ」等があるためか、白書独自の総括にはならなかった。むしろ基本法改正を先取りする点に今年度の特色がある。
先取りの第一は、第2章「環境と調和のとれた食料システムの確立」という新たな章を起こしたこと。第二は、これまで第1章のタイトルは「食料の安定供給の確保」だったが、ずばり「食料安全保障の確保」に変えたこと。
白書は、「食料・農業・農村基本法の検証・見直し」を「特集」とし、トピックスとして、①「食料安全保障の強化に向け、構造転換政策や地域計画の策定」、②「物流の2024年問題」対処、③輸出促進、④カーボン・クレジット、⑤スマート農業、⑥農福連携、⑦能登半島地震を取り上げている。全くの新規は⑥⑦である。特集とトピックスを読めば、今年の白書の力点がほぼ分る仕組みである。とくに①は「食料安全保障の強化が国家の喫緊かつ最重要課題」としている。
全ては食料安全保障のために(特集)
特集は、基本法改正の背景と経過をトレースしている。改正法では「一人一人の食料安全保障」が新定義になった。これは既に1996年にFAO食料サミットで提起されたものだが、1999年の新基本法は敢えて採用しなかった。それをなぜ、今、採用するのか。白書は、低所得層や買い物困難者の増大、日本の経済力低下による買い負け等をあげている。要するに、日本が貧しくなったということだ。
しかし「一人一人」の必要条件は国内からの供給力である。人口や国内市場が縮小していくなかでの供給力の維持強化には、輸出向けの農業・食品産業への転換が必要とし、食料の安定供給には「安定的な輸入」が重要としている。
「輸出と輸入に依存する日本の食料」という構図だ。そこからは国民の購買力を高め、内需を盛り上げていくという気概は感じられない。GDPで貧しい国になっても構わないではないか。問題はそこで何を大切にしていくかだ。その点で白書が、「地産地消」だけでなく「国消国産」というJAスローガンをとりあげたことは特筆される。
あやうい食料自給率(第1章「食料安全保障の確保」)
「一人一人の食料安全保障」は、食料自給率の向上あってこそ、である。白書は、カロリー自給率は「消費者が自らの食料消費に当てはめてイメージを持つことができるなどの特徴」を持つとする。だからこそ、今、食料自給率を消費者とともに考えるべき時なのだ。しかし法改正で、自給率は指標の一つに格下げされ、自給力は消えてしまうかもしれない。
カロリー自給率は横ばいだが、生産額ベースの自給率は2020年の67%から22年の58%に一挙に9ポイントも下がっている。高度成長期以降かつてないダウンだ。原因は円安による輸入価格上昇。円安水準は続くので、日本は輸入金額増という新たな問題を抱え込む。そのような時、自給率を格下げすることの妥当性が問われる。
環境負荷の低減に向けて(第2章「環境と調和のとれた食料システム」)
改正基本法では「食料安全保障」よりも「環境負荷の低減」の頻度が高い。要するに食料自給率の向上も多面的機能の発揮も「環境負荷低減的に」というのが改正法の真の理念と言える。
しかし、環境負荷低減はストレートに農業振興、所得向上につながるわけではない。そこで白書が強調するのは、「トピックス」④のカーボン・クレジットだ。農業者の温室効果ガス削減量を企業が買い取ることで、農業所得増と企業価値アップ(SDGs貢献等)の両立を狙う方式だが、使い勝手の悪さも指摘され、事例はなお極めて少ない。日本社会全体が環境負荷低減に敏感になり、そのうえで環境規制が強まることが、クレジットのアップと流通に不可欠である。
白書は有機農業面積について2021年度は前年度より5.6%増で2.7万ha、耕地の0.6%だという。みどり戦略では2030年1.5%、2050年25%が目標だが、達成は可能だろうか。来年度以降の白書の検証事項になる。
農業所得の減少(第3章「農業の持続的発展」)
白書は「合理的な価格形成」が食料安全保障に欠かせないとし、久方ぶりに「農業交易条件指数」を示した(図1)。これが100より低下していくことは「農業生産資材等のコスト上昇分を適切に取引価格に反映することが難しい状況」の強まりを示す。
ここで注目されるのは、第一に「合理的な価格形成」としている点。何が「合理的」か難しい言葉だ。白書は他方では「適正な価格形成」も頻発している。「フェアプライス」とも言っている。第二に、「農業生産資材のコスト」のみを問題にしている。<価格=物財費+労働費>だが、労働費の方は見ていない。実はこちらも大変なのだ。
白書は図2と図3を掲げている。図2では主業経営体(農業所得が主)の農業所得が16%も下がっている。売上高営業利益率は、他産業が横ばいなのに農業だけ下がり、他産業のほぼ2分の1になっている。図3の法人経営では、農業所得が何とマイナスなのだ。法人化の促進が農政の基調だが、これでは無理である。
なお、水田作経営の全農業経営体をとってみると、その1時間当たり農業所得は、たった12円、5ha未満、関東・東山以西(2021年は東海以西)は全てマイナスだ。
以上には、物財費のみならず労働費の「適正」な評価がなされていないことが端的に示されている。
このような状況下で、白書は2022年に新規就農者数が12%も減ったことを指摘している。とくに新規自営農業者数は15%減だ。労働力不足のなかで農業は他産業に競り負けている。また60~64歳層は31%減で、定年帰農もおぼつかなくなった。70歳への定年延長も響いている。「ひとの確保」は農政最大の課題である。
白書は労働力の減少にはもっぱらスマート農業化で対応する気だ。その「導入コスト等の課題」に対しては「農業支援サービス事業体の活用が有効」としている。農協の出番でもあるが、現場は自動給水栓、ドローン、ラジコン草刈り機、直進型農機などにとどまり、慎重である。
なお白書は水田輪作か水田の畑地化かについては、「いずれの取組も後押しする」としている。畑地化のみにのめり込まない姿勢は妥当だ。
豊富な事例(第4章「農村の振興」)
白書は、小規模集落(9人以下)、高齢化進行集落(高齢化率50%以上)、存続危惧集落(両方)を合わせた耕地面積は2010年32万ha、2030年61万ha、2050年125万haになるとし、「食料安全保障の観点からも農村人口の維持・増加が課題」とする。
それに対し改正基本法の農村政策は新機軸に欠ける印象だったが、本章の豊富な事例を読むと、課題は新機軸の打ち出しよりも、既存政策の横展開をいかに図るかにあることが分かる。豊富な事例は貴重なヒントを与える。
第5章「災害」に関連しては、JAcomの岡田知弘の能登半島地震の報告を見られたい。
改正基本法下の白書
新基本法下の白書は「動向」分析というよりは農業政策宣伝白書になり、ポンチ絵と囲み記事(事例)にあふれた「満遍なく」主義だが、法改正を機に「めりはり」を付けて欲しい。
課題は、第1章食料では自給率以外のいかなる指標を立てるのか、その妥当性。第2章環境では環境負荷低減的な農法変革への気概、第3章農業は統計分析の強化、第4章農村は(他章のそれを削って)事例をより豊富化することだ。
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