農政:TPPを考える
政府の意図が明確すぎるTPPの影響再試算2015年12月29日
東京大学・鈴木宣弘教授
内閣府は12月24日、TPP協定の経済効果分析を公表した。農林水産物への影響については、関税削減の影響で価格低下よって生産額は1300億円から2100億円減少するものの、国内対策を講じることによって再生産可能な所得が確保されるため、国内生産量は維持されるという。自給率にも影響はないという試算だ。これに対して本当にこんな軽微な影響なのか?、輸入農産物によって価格が下がるのに生産量が維持されるのは説得力がない、といった疑念が噴き出している。東京大学の鈴木教授は「こんなひどい露骨な試算は見たことがありません」と厳しく指摘している。緊急寄稿をお届けする。
内閣府はTPPの大筋合意を受けて、貿易自由化の影響を推定する国際的な標準モデルになっているGTAPという計量モデルで再試算を発表した。それによると、日本のGDP(国内総生産)は13.6兆円増加し、農林水産業の損失は1300~2100億円程度にとどまるものとなっている。この数字は、政府が同じGTAPモデルで、前回、TPPによる全面的関税撤廃の下で、GDP増加3.2兆円、農林水産業の損失3兆円としていたのと極端に異なる数字である。
これほど意図が明瞭な試算の修正は過去に例がないだろう。TPPによるGDP(国内総生産)の増加は4倍に跳ね上がり、農林水産業の生産減少額は20分の1に圧縮された。「TPPはバラ色で、農林水産業への影響は軽微だから、多少の国内対策で十分に国会決議は守られたと強弁するために数字を操作した」と自ら認めているようなものである。
自由化の程度は若干後退したのだからGDPの増加は縮小するはずだ。それが4倍に跳ね上がるは異常である。前回も、価格が1割下がれば生産性は1割向上するとする「生産性向上効果」やGDPの増加率と同率で貯蓄・投資が増えるとする「資本蓄積効果」を組み込んでいたが、今回は、それらがさらに加速度的に増幅されると仮定したようだ。いくらでも操作可能であると自ら認めているようなものであり、国民からの信頼を自らなくさせていることに気付くべきである。
一方、農林水産業については、「重要品目は除外」と国会決議しながら、コメ、乳製品、牛肉、豚肉など重要5品目に含まれる関税分類上の細目586品目のうち174品目の関税を撤廃し、残りは関税削減してしまった。かつ、重要品目以外の農林水産物は、ほぼ全面的関税撤廃で、全国各地の農家から悲鳴が上がった。全面的関税撤廃ではないものの、全国の農家がだまされたと大きな反発が出たほどの大幅な関税撤廃・削減が約束されたにもかかわらず、農林水産業の生産減少額が20分の1に減るとは、意図的に数字を小さくしたとしか解釈のしようがなく、全国農家の反発の火に油を注ぐことになろう。
関税撤廃される品目について、例えば、鶏肉は前回の990億円から19~36億円、鶏卵1,100億円から26~53億円、落花生120億円からゼロ、合板・水産物で3,000億円から393~566億円という説明不能な減額になっている。全品目で、生産量はまったく減少しないとしている。実現するかどうかも不透明な体質強化策を前提に生産量が減少しないと仮定するのは、あまりにも恣意的である。
農林水産物での大幅な譲歩と、自動車ではほとんど恩恵がないという合意内容で、日本の経済的利益を内閣府と同じGTAPモデルで暫定的に試算してみると、控えめに推定しても、農林水産物で1兆円、食品加工で1.5兆円の生産額の減少が生じる一方、自動車でも、むしろ生産額の減少が生じ、全体で日本のGDP(国内総生産)は、わずか0.07%、0.5兆円しか増加しない可能性がある。本来は、このような直接的効果のみの試算結果をまず示すべきで、恣意的に操作できる生産性向上効果などの間接的効果を駆使した結果を前面に押し出すべきではない。
(注) 鈴木宣弘研究室の数値は、関税、輸入制度、原産地規則等の変更に伴う直接的効果を試算したもの。内閣府の数値は、前回から「生産性向上効果」(価格下落と同率で生産性が向上)及び「資本蓄積効果」(GDP増加と同率で貯蓄・投資が増加)を参入していた。今回は、それらの「動学的効果」が加速度的に増幅されている。GTAPモデルは国産品に対する輸入品の代替性を低く仮定しているため、関税撤廃の影響は過小評価傾向になることにも留意。
(写真)TPP合意による日本農業への影響に生産現場の不安は消えてはいない
重要な記事
最新の記事
-
「良き仲間」恵まれ感謝 「苦楽共に」経験が肥やし 元島根県農協中央会会長 萬代宣雄氏(2)【プレミアムトーク・人生一路】2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(1)2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(2)2025年4月30日
-
アメリカ・バースト【小松泰信・地方の眼力】2025年4月30日
-
【人事異動】農水省(5月1日付)2025年4月30日
-
コメ卸は備蓄米で儲け過ぎなのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2025年4月30日
-
米価格 5kg4220円 前週比プラス0.1%2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間にあたり】カビ防止対策徹底を 農業倉庫基金理事長 栗原竜也氏2025年4月30日
-
米の「民間輸入」急増 25年は6万トン超か 輸入依存には危うさ2025年4月30日
-
【JA人事】JAクレイン(山梨県)新組合長に藤波聡氏2025年4月30日
-
備蓄米 第3回は10万t放出 落札率99%2025年4月30日
-
「美杉清流米」の田植え体験で生産者と消費者をつなぐ JA全農みえ2025年4月30日
-
東北電力とトランジション・ローンの契約締結 農林中金2025年4月30日
-
【'25新組合長に聞く】JA新潟市(新潟) 長谷川富明氏(4/19就任) 生産者も消費者も納得できる米価に2025年4月30日
-
大阪万博「ウガンダ」パビリオンでバイオスティミュラント資材「スキーポン」紹介 米カリフォルニアで大規模実証試験も開始 アクプランタ2025年4月30日
-
農地マップやほ場管理に最適な後付け農機専用高機能ガイダンスシステムを販売 FAG2025年4月30日
-
鳥インフル 米デラウェア州など3州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入停止措置を解除 農水省2025年4月30日
-
埼玉県幸手市で紙マルチ田植機の実演研修会 有機米栽培で地産ブランド強化へ 三菱マヒンドラ農機2025年4月30日
-
国内生産拠点で購入する電力 実質再生可能エネルギー由来に100%切り替え 森永乳業2025年4月30日
-
外食需要は堅調も、物価高騰で消費の選別進む 外食産業市場動向調査3月度 日本フードサービス協会2025年4月30日