農政:日本農業とともに
雇用創出など地域経済に貢献 (公社)日本農業法人協会 藤岡 茂憲会長2016年6月1日
これからの農業は「人に左右される」
藤岡茂憲公益社団法人日本農業法人協会会長
日本の農業は家族経営を主体とする農家だけではなく、大規模化した農業経営を営む農業法人にも大きく支えられているのが現実だ。そうした農業法人の組織である日本農業法人協会の藤岡茂憲会長に、日本農業のいま、そしてその中で経営する農業法人の課題、さらに農協組織との関係などについて率直に語っていただいた。
◆第三者も参加する開かれた経営を
「いまは1億人以上の人がいますが、少子高齢化で人口は減ります。これは止めようがない現実です。高齢化や少子化で市場が小さくなると嘆いていても農業は成立たないので、思い切って日本の人口が7000万人から8000万人くらいになると想定した取り組みをする方がいい」と藤岡会長は考えている。今後の方向としては、「高齢化で農業を止める人が増えていくので、農地が集積され、規模は拡大していく」とも。
そのうえで、「地方では法人経営が大事だ」という。それはなぜか? 家族経営では、規模の拡大はできても「法人化して社会保障制度を整え、地域の若い人に働き場所を提供、社員として雇用してきちんと働いてもらう」。「地域に雇用が生まれれば、いくらかでも地域経済に貢献する」こともできるからだ。
もちろん家族(個人)経営でも、農地の規模を拡大することはできるが、社会保障制度を整えたり、販売先との信頼関係はもとより、何らかの投資が必要な時に金融機関の信用という面もあるので、「ある程度の規模になったら、法人化して、若い人を積極的に雇用することで、地域経済に貢献していく」ことが大事だと考え、日本農業法人協会はこれまで活動してきたが「これからますますそのことが重要になる」からだ。
付け加えれば、「家族だけで法人化しても、実際には違っていても、周囲からは『あそこだけが儲けている』と思われ、農地も集まりにくかったりする」こともある。後にふれる事業継承問題も含めて「第三者も経営参加する地域に開かれた法人にして、積極的に地元の雇用を促進して、地元に貢献していくことが、これからの法人経営の目指す方向」だという。
藤岡会長の地元でも、「農協が子会社として農業法人を設立し、農地の受け皿となって100haを超える面積をやっている」。そして、法人経営と農協の子会社、大規模な家族経営が「調整を取りながら」やっている。そうしなければ「地方の農地を最大限に活かしていくことは難しい」。
◆求められる高い経営マインド
しかし一方で、「規模拡大だけが農業発展の要素かといえば、私はけしてそうではない」とも考えている。
それはどういうことなのかというと、「農業も経済行為だから、食べてくれるお客さんがいて初めて成り立つ産業」だ。それを忘れて「投資をし、規模を拡大してダメになっていく経営をけっこうみてきた。だから性急な規模拡大をするのではなく、的確な顧客サービスをして顧客を拡大し、それに見合う生産規模の拡大をしていかなければいけない」からだ。
藤岡会長は「農業も製造業だ」と昔からいっている。それは「自分のところの米1俵をつくるのにいくら原価がかかっているのかをきちんと計算できない人が法人経営をやってはいけない」。つまり、原価計算ができていないのに「米が高いとか安いとか言えないのではないか」ということでもある。
これからの法人経営に求められるのは、「経営感覚」を持つことだと強調する。「いいものを作れば売れる時代ではないのだから、間違いなく売れる販路を開拓し、製造原価をきちんと計算して、経営ができる人が、法人経営をしていかなければいけない」ということだ。
そのうえで、今後の法人経営にとって「非常に大事なこと」だと藤岡会長が強調するのが「人材育成」だ。昔から農業は「天候に左右される」といわれてきたが、これからは「人に左右される」という。
それは、いかに良い人材を集めるかはもちろんだが、いかに教育して社員をレベルアップしていくのか、「これが経営の善し悪しに大きくかかわってくる」からだ。
さらに、農家は自分の作った農産物が「一番うまい」と思っている。しかし「おいしいかどうかを判断するのはお客さんで、自分で決めることではない」。だから、価格も含めてきちんと評価して買ってもらえる「販売力・営業力のない法人は、これからの時代、厳しい」という。
これからの法人経営は、コスト計算ができる「経営感覚」、社員のレベルを高める「人材育成」、そして「販売力(営業力)」がないと経営的に厳しいということだ。
国は「5万法人作る」といっているが、「作るのは簡単ですが、持続する会社になるかどうかは、こうした経営マインドが高い人がどれくらいいるかではないですか」と指摘する。
「持続する経営」ということでは、「事業(経営)の継承」も大きな課題だ。法人協会の会員法人もそうだが、法人を設立した「初代がそろそろ交替時期にきている」。「うまく事業継承できないと、初代は素晴らしい経営者だったけれど、2代目は...」となってしまいかねない。藤岡会長は「継承者は必ずしも血縁でなくてもいい。むしろ経営力のある人に継承していかないと...」と考えている。
「人材育成」は、幹部社員や社員の育成だけではなく、将来的に経営を継承する人を育てることでもあるわけだ。法人協会でもこれを重要な課題として位置づけて取り組み始めているとも。
◆農協は積極的な人間関係の構築を
農協との関係について、いろいろ言われることが多いが、どう考えているのかも聞いてみた。
地元の農協との関係では、平成9年に法人化し、米について農協といろいろあったが、当時から現在まで直販をしてきている。しかし肥料・農薬や資材については「積極的に農協を利用している」。とはいえ「ダメなものはダメだといいますし、高いものは『これはずいぶん高いじゃないか、もうちょっと何とかならないか』と正直にいい交渉」をしている。
しかし、「最後は値段ではなく、人です」という。藤岡会長が農協青年部に所属していた時代には「農協職員と密接な人間関係」があった。だがいまは「農協職員がサラリーマン化している。もっと、積極的に現場に出向いて、農家や法人経営者がいま何に困っているのか、何をして欲しいのか、互いに腹を割って話をし、人間関係を構築することをぜひやって欲しい」と希望している。
「いまは、農協事務所のデスクに座って、電話やネットのメールでやり取りできる便利な時代になりました。東京と地方ならいざしらず、同じ地元にいて車で5分か10分で行けるのに、メールだけでやり取りしているようでは、農協は農家から見離されていきます」とも。
いまは農協も「ずいぶんと変わってきた」が、と前置きをして、藤岡会長が法人化した当時は「農協職員よりも地元の業者やメーカーの人がしょっちゅう足を運んできてさまざまな情報を伝えてくれた。農協職員とは頻度がまったく違った」という。それが、法人経営が農協から離れていった一番大きな要因だったといえる。
これからの農協は「兼業農家も大事ですが、それでは経営的に難しいと思うので、積極的に大規模な法人経営や大規模農家を取り込んでいけるかが、農協存続の大きなカギになる」。なぜなら、販売事業も購買事業も量的に目減りしていくからだ。「胸襟を開いて、難しい人のところへ一歩踏み込んで、積極的に行くべきです。それこそが、営業力ではないですか」という。
さらに、生産法人と農協があたかも敵対しているかのようにいう人たちがいるが、「敵対などしていない。たまたま私たちの経営スタイルが農業法人というだけで、いまは農協も子会社を設立したり、集落営農も法人化していますから、そのことをどうこう言っている場合では日本農業はないでしょう」と一笑した。
◆「改革」は自らのボトムアップで
最後に「農協改革」にもふれながら「国から言われなくても、農協に限らず、法人協会も私の会社も、組織は時代に合わせて自ら改革していかなければいけません」。さらに「上からいわれて変えていくと、どうも気持ちの上でしっくりいかない。結果が同じでも、自らがボトムアップして改革したといえないと...」。
そして「戦後の混乱した食料難の時代に、もし日本に農業協同組合という組織がなければ、都会と地方には大きな所得格差ができ、いまだにその問題が残ったでしょう。農協組織が全国を網羅し、栽培技術や生活レベルを指導することで、国民を飢えさせず、日本は一気に復興した。農協組織がなかったら復興は相当に遅れたと思います。そういう歴史的なことも踏まえて、もう一度、農協の果たしてきた役割と、これからの農協はどうあるべきかを、組合員も含めて真剣に考えるときです」。
そして「地方を創生するために、生産法人や大規模農家と力を合わせ、行政とも連携して、地方経済の核である農業を振興するために、農協が力を発揮されることを期待しています」と、結んだ。
(ふじおか しげのり)昭和27年秋田県秋田市(旧・合川町)生まれ。45年県立鷹巣高校普通科卒業、長野県上高地で就職・登山家をめざす。48年耕うん機で日本一周の旅に出る。50年帰郷し農業に従事。平成9年(有)藤岡農産を設立し代表取締役に就任、現在に至る。20年(有)大野台グリーンファーム代表取締役、現在に至る。
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