農政:薄井寛・20大統領選と米国農業
人種差別反対を表明する農業団体―多様化する地方の有権者【薄井寛・20大統領選と米国農業】第5回2020年6月23日
5月25日の白人警官による黒人男性の暴行死事件を契機に、全米へ広まった「黒人の命は大切だ(BLM)」の運動。世論は60%以上が運動を支持し、6月初めにはスターバックスやマクドナルド、コカコーラなどの企業も支持を表明する。こうしたなか、農業団体の動きに一部のメディアが注目した。

◆「タブー」に挑戦した農業団体
約20万戸の家族経営農家を組織する民主党系の全米農業者連盟(NFU)は5月29日、人種差別反対を表明。ロッブ・ラルー会長は、「(差別撤廃への)途は長く困難なものになるが、それを踏破するのが道徳上の責務だ」と述べた。
全米家族農業者連盟や青年農業者同盟などがこれに続き6月4日には、大規模農家を中心に150万戸を束ねる共和党系のファーム・ビューロー(AFBF)も差別反対の声明を出すに至った。「AFBF内部に作業部会を設置し、差別撤廃のために積極的な影響力をどう発揮できるか検討する」と、ジッピー・ドゥバル会長は明言した。
米国の農業史上初めての出来事である。「農家の96%を白人が占める農業界にとって、人種差別の議論は激しい痛みをともなうやっかいな問題だ」(6月5日、プログレシブ・ファーマーズ誌)。黒人問題は農業団体にとって長年にわたり「タブー」だったのだ。
黒人農家一戸当たりの農地面積は平均50ha、販売額の3万2700ドル弱は白人農家の6分の1だ(表参照)。多くの黒人農家は農地所有権の不明を理由に補助金支給から除外されるなど、農政の場でも差別されてきた。それでも、白人が圧倒的多数を占める農業団体が事態の改善を政府へ求めたことはない。

◆3000以上の市町村でデモ行進
多くの黒人を雇用する企業がBLM支持を表明した背景には、不買運動の発生回避という思惑もあったと推測されるが、農業団体を突き動かしたのは何だったのか。
民主党系のNFUが先陣を切った背景には、バイデン前副大統領など同党指導部のBLM支持があった。だが、それだけでは農業団体の動きの全体を説明できない。
主な要因は二つあった。一つは新型コロナ感染拡大と繋がる。中西部で感染者が増え始めた4月初旬以降、食肉加工場や野菜農場などで発生した労働者の集団感染のニュースをメディアは何度も報道し、劣悪な労働環境のもとで差別的扱いを受ける黒人や移民労働者たちの実態がテレビの映像によって浮き彫りにされた。同時に、現場労働者の対コロナ安全対策を求めるメディアの主張が強まるなか、「農業と食肉産業は有色人種の労働者を差別している」とのイメージが作られようとしていたのだ。BLM運動がさらに広がり、このイメージをも攻撃の標的にしかねない。農業団体の声明発表の裏側には、こうした危機感があったと言われる。
もう一つは地域社会の変化だ。地方情報誌デイリー・ヨンダーの記事「米国の歴史上初―3000を超える市町村で抗議デモ」(6月10日)が報じたように、人口数千人から数万人の村や町で多くの白人が黒人や移民労働者とともにBLM支持のデモを行ったのだ。デモ行進など初めという村も少なくなかったと伝えられる。
世論調査にも変化が現れる。デモ参加者に同感する回答者の割合は都市郊外の70%に対し、農村部でも50%を超えた(6月2日ロイター通信)。ソーシャル・メディアの浸透に加え、地方住民の多様化が変化をもたらしたとみられる。中小農家の離農によって過疎化が進む一方、農村部へ移転してきた食肉加工場などが移民労働者の雇用を増やし、地方住民に占める非白人の割合は21%を超えているのだ。
変化は有権者の政治意識にも及ぶ。マイノリティー支援の民主党を支持する地方住民がオバマ政権時代から増加へ転じ、現在では地方での割合が38%に達したと言われるほどだ。
また、6月2日付けのロイター通信によると、大統領の職務執行を共和党支持者の82%が評価する一方で、BLM運動への対応では支持率が67%へ低下する。このことは、地方の共和党支持者の間でも人種差別への意識に一定の変化が生じてきたことを示唆している。
さらにこれらの変化は、農家を含めた地方の有権者が経済的格差の広がりに対し不満を募らせてきたという実態の反映でもあると見ることができる。
このような変化を踏まえるなら、ファーム・ビューローなどの農業団体がBLM支持のメッセージを送った背景には、自らの組織防衛に加え、会員農家の多様な変化へ対応する必要があったものと考えられる。
他方、11月の大統領選では黒人の投票率がカギになるとの見方が強まってきたが、それは農業団体の政治力に微妙な影響を及ぼすかもしれない。農家の数は減ったが、他の利益集団に比べて農家と農業関係者の投票率は著しく高く、それが農業団体の政治力の源泉だと見られてきたからだ。
会員農家の多様化が進むなか、米国の農業団体は二大政党との距離のバランスを保ちながら、コロナ禍救済の追加措置などの要求をどのように実現していくのか。その展開が注目される。
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