農政:バイデン農政と日本への影響
【バイデン農政と日本への影響】第16回『スシ(寿司)ライス』が大幅減産~注目されるカリフォルニア州の今後の米生産 エッセイスト 薄井 寛2021年9月16日
農務省の「米需給見通し(Rice Outlook)」(9月14日)によると、米国では今年秋の中・短粒種米の収穫量が18%以上も減少。同品種米の最大産地のカリフォルニア州(加州)が干ばつに見舞われ、灌漑(かんがい)用水の利用制限によって一部の水田が休耕に追い込まれたためだ。
中粒種米の輸入は過去最高に
加州北部に位置し、米生産の中心地であるサクラメント郡とその周辺地域では、昨年10月から今年8月までの降水量が430mmから710mmと、平年の40~53%程度(東京のほぼ1/4~1/2)に留まる。このため、加州政府は7月4日、「自主的な15%の節水」を州民に訴えたが、多くの農業郡では本年春から灌漑用水の取水制限が実施されている。
加州は米国第2位の米生産州で、全米の生産量に占める割合は約25%(生産量1位の南部アーカンソー州は約40%)。加州では中・短粒種米の作付けが中心で、〝スシ・ライス″と呼ばれる中粒種米の全米シェアは75%以上、単粒種米は98%に達する(同州の水田面積は約21万ha、生産農家・法人約1100。なお、全米の生産量のうち長粒種は75%、中粒種24%、単粒種1%、2020年)。
青果物などの大規模な灌漑農業が盛んな加州では、水資源の40%近く(都市部のほぼ4倍)を農業部門が利用しており、米農家も節水対象の例外ではない。郡によって規制の程度に差はあるが、多くの米農家が25%から50%もの取水制限を求められ、サクラメント郡などでは水田の20%前後が休耕または地下水利用への転換を余儀なくされたと伝えられる。
「米需給見通し」によると、2021/22販売年度(21年8月~22年7月)における中・短粒種米の生産量は168万トン(玄米換算)。前年度比18.3%減で、166万トンの05/06年度以来の減産だ。
このため、21/22年度の中・短粒種米の農家販売価格(加州の年間平均予測値)はもみ10kg当たり5.07ドル(約558円)、前年度比16.8%アップが予測されるが、輸出は83万トン(精米)に留まる(前年度比9.7%減)。
一方、〝ポストコロナ″の外食需要増で中粒種米の消費が伸びるため、輸入は25万トン(精米)と、前年度比19.4%増の過去最高に達する(表参照)。日本国内でも今後、米の対米輸出増への期待が高まるだろうが、価格差や関税、イタリア・スペイン米との競合などの課題があり、一部の高級日本食レストランによる日本米の利用増は予想されるものの、大幅な輸出増は難しいように思える。
厳しさを増す加州米生産者の水利権
こうしたなか、注目されるのが加州米の今後である。
同州北部では、秋の降雨期に入っても高温少雨が続き、米生産地の複数の郡では郡当局が灌漑用水の利用規制の強化へ乗り出している。それに加え、加州最大の河川であるコロラド川流域のダム貯水量が減少したため、米国の内務省開拓局は8月16日、同河川からの取水制限を来年1月に開始すると予告した。
加州の米農家が今後直面する困難な課題は三つある。
一つは、灌漑用水を確保するためのため池建設や、水位が下がる地下水をくみ上げるためのコスト増によって、稲作の収益性が大きく削がれる危険性だ。
二つ目は、州民の飲用水を取り巻く状況がさらに厳しさを増すことになれば、都市住民や環境保護団体、河川漁業者などと関係議員が米生産の大幅抑制にむけた運動を強めるのは必至であり、米生産者や精米業者がこの圧力を押し返せなくなる危険性だ。
精米業者などは、溜池利用による持続可能な生産にむけた農家の努力や、冬季の渡り鳥へ生息地を提供する水田の機能、米生産の雇用確保を通じた地元経済への貢献などの広報活動を展開するが、米農家を支援するNPOなどの情報はいまだ伝えられていない。
この関連で加州の米業界が最も恐れるのは、一部の大規模米農家が100年近くも前から守ってきた水利権にまで新たな法的措置が及ぶ可能性だ。
1848年に加州から始まったゴールドラッシュ。大量の水資源を必要とした当時の鉱山開発会社や1920年代に生産を開始した米農家などが、議会対策を通じて勝ち取ってきた水利権は、まだ生きている。大航海時代に領土の取得権として認められていた無主地占有の法理(先占権)という考え方が、1914年制定の加州水利関係法では今も通用しているのだ。
そのため、水利権確保の期間の長さに応じ、受益者は取水制限の義務を優先的に免除または軽減されてきたのだ。しかし、こうした時代遅れの水利権は廃止すべきだとの議論が専門家の間で強まっており、世論の高まりを背景にした法改正が早晩大きな政治問題になるとの見方もある。
他方、バイデン政権は干ばつ被害の農家への救済措置に熱心だが、重要な支持基盤である環境保護団体などの主張を無視して、もともと野党共和党系の精米業者などの要求に応える可能性は少ない。
こうした状況下で加州の米生産者が恐れる三つ目の課題は、水資源の豊かな南部諸州における中粒種米の作付け増と、中国やインド、タイなどからの安い〝スシ・ライス″の輸入増だ。
軽々には言えないが、近い将来、米国農業において気候変動の影響による最も顕著な後退を最初に余儀なくされるのは加州の中粒種米かもしれない。
★本シリーズの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
エッセイスト 薄井 寛【バイデン農政と日本への影響】
重要な記事
最新の記事
-
「良き仲間」恵まれ感謝 「苦楽共に」経験が肥やし 元島根県農協中央会会長 萬代宣雄氏(2)【プレミアムトーク・人生一路】2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(1)2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(2)2025年4月30日
-
【人事異動】農水省(5月1日付)2025年4月30日
-
コメ卸は備蓄米で儲け過ぎなのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2025年4月30日
-
米価格 5kg4220円 前週比プラス0.1%2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間にあたり】カビ防止対策徹底を 農業倉庫基金理事長 栗原竜也氏2025年4月30日
-
米の「民間輸入」急増 25年は6万トン超か 輸入依存には危うさ2025年4月30日
-
【JA人事】JAクレイン(山梨県)新組合長に藤波聡氏2025年4月30日
-
備蓄米 第3回は10万t放出 落札率99%2025年4月30日
-
「美杉清流米」の田植え体験で生産者と消費者をつなぐ JA全農みえ2025年4月30日
-
東北電力とトランジション・ローンの契約締結 農林中金2025年4月30日
-
【'25新組合長に聞く】JA新潟市(新潟) 長谷川富明氏(4/19就任) 生産者も消費者も納得できる米価に2025年4月30日
-
大阪万博「ウガンダ」パビリオンでバイオスティミュラント資材「スキーポン」紹介 米カリフォルニアで大規模実証試験も開始 アクプランタ2025年4月30日
-
鳥インフル 米デラウェア州など3州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入停止措置を解除 農水省2025年4月30日
-
埼玉県幸手市で紙マルチ田植機の実演研修会 有機米栽培で地産ブランド強化へ 三菱マヒンドラ農機2025年4月30日
-
国内生産拠点で購入する電力 実質再生可能エネルギー由来に100%切り替え 森永乳業2025年4月30日
-
外食需要は堅調も、物価高騰で消費の選別進む 外食産業市場動向調査3月度 日本フードサービス協会2025年4月30日
-
キウイブラザーズ新CM「ラクに栄養アゲリシャス」篇公開 ゼスプリ2025年4月30日
-
インドの綿農家と子どもたちを支援「PEACE BY PEACE COTTON PROJECT」に協賛 日本生協連2025年4月30日